カテゴリー: 思考と考察
上には上がいるのであれば、下には下がいる(前編)
上には上がいるのであれば、下には下がいる。これは社会人になってから僕が忘れないようにしている人生訓である。
僕はこれまでずっと、職場で優秀な人に囲まれてきた。これはとても恵まれていることである一方で、職場での自分の居場所がなくなるのではないかとたまに不安に駆けられることもある。
そんな時、僕は自分が生活していけるのだと初めて自信を持てたときのことを思い出す。
スポーツと金と政治が混じった、とある米国州立大学での出来事(後編)
2021年に雇われたケリーは総額9500万ドル(約150億円)の10年契約を結んでおり、4年目の途中で解任されたことで、5400万ドル(約80億円)の違約金を支払う義務がLSUに発生した。
LSUは州立大学である。当然、もう監督ではない人物に、州の予算からそのような大金を支払うわけにはいかない。では違約金の原資はどこから出てくるのかというと、LSUスポーツを応援している億万長者の卒業生である。サポーターとしては、母校のアメフトプログラムが惨憺たる状態だと、自腹を切ってでも監督の解任を支持するのだ。
スポーツと金と政治が混じった、とある米国州立大学での出来事(前編)
昨年10月、米国のアメフト世界で、スポーツと金と政治が複雑に混じった出来事が起こった。
ことの発端は、ルイジアナ州立大学(Lousinana State University、通称LSU)のアメフトチームがライバル校テキサスA&M大学に惨敗している最中、州の知事であるジェフ・ランドリーが「この試合の結果を見ると、来年のチケット値上げは見直した方がいいと思う!」とXで投稿したことである。翌日の日曜日、大学の理事やアメフトプログラムのサポーターが知事の公邸に集まっていることが報道されると、ブライアン・ケリー監督の解任は既定路線となった。
飛行機の世界から学ぶ生成AIがもたらす未来(後編)
だが、ここで1つ矛盾が生まれる。自動化の技術が発展すればするほど人間の監視力が重要になるのに、自動化によってその欠かせない監視力が衰えるのだ。
人間は実際に物事をやることで身につける生き物である。ところが、現代の飛行機はほとんどオートパイロットが操縦していることから、今のパイロットは操縦する実務経験を積むことができていない。もっぱら、フライトシミュレーターで練習するのみだ。結果、実際の飛行においてオートパイロットが補正される必要がある肝心な時に、多くのパイロットは経験不足のせいで適切に対応できなくなっている。
飛行機の世界から学ぶ生成AIがもたらす未来(前編)
生成AIが発達し続けた世界はどのようになるのか。それは、飛行機の世界を見ればある程度予測できるのではないかと思っている。
なぜならば、飛行機の世界では、以前人間がやっていた操作をオートパイロットと呼ばれるIT技術が担うようになって久しいからである。
米国の不思議さを語ってる、とある”投票日”にあったエピソード(後編)
ちょっと背景を説明すると、連邦制の米国では、いつどの選挙が行われるかについて、基本的に州が決める。ただ、大統領選と米国連邦議員の選挙は偶数の年の11月の第1火曜日に行われることが米国の法律で決まっているため、大半の州は奇数の年も11月の第1火曜日になんらかの選挙を実施するようにしているのだ。
よって、多くの米国人にとって「11月の第1火曜日」=「投票日」という感覚が身に染み付いており、その日は当然のこととして投票所に向かう。
米国の不思議さを語ってる、とある”投票日”にあったエピソード(前編)
米国というのは不思議な国である。
それを思い出させるエピソードが、昨年11月にケンタッキー州であった。同州の選挙を管轄している州の総務長官(Secretary of State)が、こんな投稿をXで行ったのだ。
2025年は大きく異なる成果から人生について考えた年でした
さて、今年は2つの大きな成果についてご報告したいと思います。
まず、私は将棋で初段になりました。ここ数年ずっと4級だったことを覚えている方は、1年で4級も昇級したことに驚かれたかもしれません。実はこれには裏事情があり、これまでご報告していた棋力は、日本将棋連盟の本部である将棋会館にある道場での認定でした。道場と比べ将棋アプリ「将棋ウォーズ」は認定基準が緩く、今年の春、このアプリで「初段」が認定されたのです。
地方創生も少子化対策も実現できる僕の政策案(後編)
地方創生も少子化対策も実現できる僕の政策案(前編)
僕を地方創生担当大臣兼財務大臣に任命してくれる総理大臣がいたら、僕は日本の地方を活性化させ、ついでに少子化対策にもなる政策を実現したいと思う。
僕の政策案ではまず、本社を東京から地方に移転させた会社の法人税を0%にする。そうすれば、節税の効果に釣られて本社を移転する会社が少なからず出てくるはずだ。本社が移転すると社員もついてくるので、一定の経済効果が見込める。
僕は新卒として、大変な仕事には学びが多いことを学んだ(後編)
裁判官は僕だけでなく弁護士にも働かせた。
一般的に裁判官の仕事は裁判をすることだと思われがちだが、少なくとも米国では、裁判官の時間の大半は書類の処理に割かれる。裁判をして長時間拘束されるのを僕の上司は嫌っており、彼は「私は忙しい。裁判したいのであれば次の祝日しか空いてない」と言っては、原告と被告の弁護士に和解するよう促していた。
僕は新卒として、大変な仕事には学びが多いことを学んだ(前編)
僕が仕事で泣きたくなったのは1回しかない。それは社会人になったばかりの最初の金曜日だった。
当時の僕は、ニュージャージー州裁判所の裁判官の下でロークラーク(法務書記)と呼ばれる職に就いたばかり。仕事としては、事務をこなしたり、判決の草案を書いたり、原告・被告の代理人と連絡を取ったりして、裁判官を包括的に支援していた。
上司の裁判官はワークホリックで、異常な数の訴訟を処理する人としてニュージャージー州の法曹界内では有名だった。僕が泣きたくなったのは、1週間かけてやっと処理した膨大な書類を保管室に運んだ直後、事務局から翌週処理する膨大な書類が回ってきた時である。
3時間の映画は監督の傲慢だ(後編)
「スターウォーズ」とは反対に明らかに編集が失敗だったのが、「天国の門」(1980年)である。
この映画は製作費に当時の4400万ドル(現在の1.7億ドル、約255億円)もつぎ込んだものの、あまりに不評で製作会社ユナイテッド・アーティスツを経営危機に追い込んだことで有名である。近年、アート映画を好む人たちの間で映像の美しさなどからこの映画を再評価する動きがあるが、「天国の門」の問題はスクリーンに映っている映像の質ではない。
この映画は傲慢な監督の典型例なのだ。
3時間の映画は監督の傲慢だ(前編)
僕は3時間の映画に対して偏見を持っている。
それは決して、長い映画が嫌いというわけではない。「ゴッドファーザー PART II」(1974年)や「シンドラーのリスト」(1993年)はいつでも見たいと思う。ただ、3時間の映画は基本、監督の傲慢だと思っているのだ。
ファイナンシャルプランナーと転職エージェントは必要だけど信用しがたい(後編)
ファイナンシャルプランナーと転職エージェントは必要だけど信用しがたい(前編)
ファイナンシャルプランナー(FP)と転職エージェントには共通している点がたくさんある。
まず、どちらも人生の重要な事柄に関するプロという意味で、重要な存在だ。
ビジネスで重要なのはやり方のセンス(後編)
同じく「ビジネスはやりようだな」と思ったのは、夜にデザートしか提供しないデザート屋である。
この店の噂は聞いたことがあったが、果たして渋谷の一等地でデザートを提供するだけでビジネスとして成り立つものか半信半疑だった。だが、初めて行った時に1時間も並んで納得した。
デザートだけでやっていける理由は、店に入ったら一目瞭然だった。何しろ、1品の値段が2〜3000円と半端なく高い。当たり前だが、その分、なかなか豪勢なパフェが出てくる。
ビジネスで重要なのはやり方のセンス(前編)
ビジネスというはやり方次第だな、と思わせられたサービスを最近2つ使った。
1つ目は、「原稿執筆カフェ」と呼ばれる店である。
ここのテーマは単純。締め切りに追われている人が執筆するために使う場所である。飲み物とか電源とかの「サービス」はあるが、基本、提供されるのは場所だけだ。
「それだけ?」と思うかもしれないが、それだけである。
僕は政治を趣味として楽しむだけではだめなんだろう(後編)
少々世界史を知っていれば、「日本人ファースト」を謳う右派ポピュリズムの参政党には、「大ゲルマン帝国」の構築を試みた右翼ポピュリズムのナチスと通じるところがあることが分かる。ドイツはナチスの台頭によって民主主義からファシズムに転落したので、ナチスと類似した政党が日本の参議院で第4野党になったことは極めて恐ろしいことである。
僕は政治を趣味として楽しむだけではだめなんだろう(前編)
僕にとって、政治とは楽しむ趣味であると共に大学で勉強した学問であるが、先の参院選ほど「趣味としての政治」と「学問としての政治」の違いを感じたことはない。
参院選で僕が期待していたことは、参政党が躍進する形で自民・公明与党が過半数割れし、その結果、石破茂が退陣しないことであった。理由は単純で、このシナリオだと当面政局がぐちゃぐちゃになり、場合によっては年内に衆院選まで起こるかもしれないと思ったからである。趣味は楽しくなければならず、政治は政局が最も楽しいのだ。
歴史に残りそうなエア・インディア171便墜落事故(後編)
もっとも、複数あるエンジンがすべて同時に停止する可能性は極めて低く、そうなったとしても原因はエンジン不具合でないことが多い。多数の鳥が両エンジンに吸い込まれた2009年のUSエアウェイズ1549便不時着水事故、キログラムとポンドを間違えて燃料が足らなくなった1983年のエア・カナダ143便滑空事故、火山灰がエンジン4基に吸い込まれた1982年のブリティッシュ・エアウェイズ9便エンジン故障事故などが過去にあったが、今回は状況からしてそういった珍しい事象が起こったようには見えなかった。
歴史に残りそうなエア・インディア171便墜落事故(前編)
とても不謹慎なことではあるが、最近の僕の関心はもっぱらエア・インディア171便墜落事故にある。どうもこの事故は、史上最も有名な事故の一つになりそうな予感がするのだ。
飛行機事故にも様々あり、「またこれか」といったものもあれば、「これは珍しい」といったものもある。2024年1月2日に羽田空港で起こったような滑走路衝突は10年に1度くらいの頻度で起こる事故なので、実は前者に当たる。
他方、先日公表された報告書によると、今回の事故はエンジン燃料制御スイッチが切れていたことが原因。飛行機事故検証マニアである僕でさえ「エンジン燃料制御スイッチ」というものを聞いたことがなかったので、これは大変珍しい「前代未聞の事故」となりそうだ。
政局好きである僕にとっての2025年参院選の見どころ
既にご存知の方が多いと思うが、僕は政局好きである。「政策」や「政治」ではなく、「政局」である。
これはつまり僕が小沢一郎と同類であることを意味し、政治がグチャグチャになればなるほど楽しくてしょうがないという、政治を趣味とする人間としては結構タチが悪い。
そんな僕にとって、今年の参院選は久しぶりに楽しめる選挙だ。
大谷翔平の契約から学ぶお金の仕組み(後編)
球団が利息なしの後払い契約を結ぶメリットは明確である。では、大谷にとってそのような契約を結ぶメリットはなんだったのかというと、節税対策が考えられる。
連邦制である米国では各州が自由に課税することができるので、所得税に限らず、消費税や固定資産税、法人税や住民税といったありとあらゆる税金の税率が州ごとに異なる。
大谷翔平の契約から学ぶお金の仕組み(前編)
先週、メジャーリーグの2025年シーズンが日本で開幕した。開幕戦は大谷翔平、山本由伸・佐々木朗希の日本人トリオが所属するロサンゼルス・ドジャースとシカゴ・カブスの試合だったことで日本でも盛り上がったが、僕が関心を持ったのは2023年に大谷翔平が結んだ契約だった。
実はこの契約、お金の仕組みの面でとても勉強になる内容なのだ。
お金に関する5つのアドバイス(後編)
【⑤ 税金の仕組みを学ぶ】
確定申告することの大きなメリットは、税金の仕組みが分かるようになることである。そして、税金の仕組み分かると、税金を意識した経済的判断ができるようになる。
ちょっと極端だがわかりやすい例を挙げてみる。
新居と新車を同じ時期に買うことを検討しているとしよう。資金が200万円あるとした場合、これは車のローンの頭金として使うのがいいのだろうか、それとも家のローンの頭金として使うのがいいのだろうか。
お金に関する5つのアドバイス(中編)
【③ 収入、支出、資産の管理をすること】
自分の収入、支出、そして資産がどれほどあるのか常に把握しておくことは、単なるお金の管理の観点だけでなく、人生における重大な決断を経済的に正しく行うためにも欠かせない。
僕は年収が半分未満になる転職をしたことがあるが、それが可能だったのは、常に自分がいくら稼いでいていくら費やしているか把握していたため、収入が激減しても生活していけるという判断ができたからである。
お金に関する5つのアドバイス(前編)
僕はよく人からお金の相談を受ける。そんな時、僕は次の5つのアドバイスをする。
【① 正しい貯蓄をすること】
多くの人は「貯蓄」を「残ったお金を貯めること」と考えているが、これは過ちである。引退後のための貯蓄は税金、家賃、学費、生活費等と同じく必要な出費とみなす必要がある。急に入院しても家賃を削って入院費用を捻出するわけにはいかないのと同じように、想定外の入院費は貯蓄を切り崩して捻出すべきではない。緊急時のために現金を蓄えておくことも重要だが、それは「貯蓄」とは切り離して考えるべきだ。
有名なことわざに対する僕のしょーもない1行感想(後編)
「イヤな人生アドバイス」カテゴリー
- 「人の振り見て我が振り直せ 」〜イヤだ
- 「先ず隗より始めよ 」〜これもイヤだ
- 「当たって砕けろ」〜これが一番イヤだ
- 「清水の舞台から飛び降りる」〜死ぬよ、それ
- 「聞くは一時の恥聞かぬは末代の恥 」〜恥かかないシナリオはないんか?
- 「よく学びよく遊べ」〜遊ぶだけじゃダメなの?
- 「塵も積もれば山となる」〜チリの山なんていらない
- 「早起きは三文の徳」〜三文くらいの得なら寝てたい
- 「石の上にも三年」 〜そんな暇じゃない
- 「釈迦に説法 」〜釈迦でなくても説法なんぞ聞きたくない
有名なことわざに対する僕のしょーもない1行感想(前編)
「牽強付会」くらいしかことわざ・四字熟語を使いこなせない僕は、ことわざなんて訳わからない不要なものだと思ってる。
ということで、代表的なことわざに対する僕の感想を1行で述べてみることにした。読み直してみたらパターンが見えてきたので、カテゴリーごとに纏めている。
「そんなバカいるの?」カテゴリー
- 「馬の耳に念仏 」〜馬に念仏を唱えるバカがどこにいる?
- 「豚に真珠 」〜豚に真珠を与えたバカはどこのだれだ?
- 「鰹節を猫に預ける」〜鰹節を猫に預けるバカなんているわけない
- 「猫に小判」〜猫に小判を渡すバカは豚に真珠を与えたバカだろう
2024年は思い通りにいかないことから多くを学んだ年でした
僕は連休を特別かつ勝手に長期化させてる(後編)
僕独自の休日は他にもある。
たとえば「年末の最終の週と年始の最初の週は有給の週」とか。
これは、どうせこの期間は勤勉な国民でも働いてないだろうとたかを括ったジョーが、自分のために特別かつ勝手に作った休週である。
この独自休週のおかげで、先の年末年始は夢のようであった。
僕は連休を特別かつ勝手に長期化させてる(前編)
僕は「日本の政治トーク自己謹慎」を自己解除することにした(後編)
自己謹慎を自己解除してまず話したいことが、僕がどれほど石破のことを嫌っているかについてである。
たった4週間前、僕は石破の人柄について好きでも嫌いでもないと書いたが、これは撤回したい。僕は自分が大の石破嫌いであるということを彼が首相になってから自覚した。
僕は「日本の政治トーク自己謹慎」を自己解除することにした(前編)
今の僕は日本の政治トークができない自己謹慎状態であるが、それを自己解除することにした。
たった4週間前に謹慎を課したばかりなのに、と思われるかもしれない。
どうせできないと思ってた、と考える人がいるかもしれない。
だが、それは極めて不本意な指摘である。
僕は「宇宙が破滅するまで石破茂の総裁選勝利はありえない」と断言した責任を取る(後編)
僕は常に外野からヤジを飛ばしてるような政治好き。でも、自分の言葉に何の責任も負わないのでは単なる意見屋になってしまうので、政治評論家を気取ってる身として、自分の責任の所在を明らかにしたい。
まず、自分に大きな偏見があったことを素直に認める。
僕は「宇宙が破滅するまで石破茂の総裁選勝利はありえない」と断言した責任を取る(前編)
「天の声にも変な声がある」
これは1978年に当時首相だった福田赳夫が自民党の総裁選で大平正芳に負けたときに語った言葉だが、石破茂の総裁選勝利を踏まえた僕の今の心境をぴったり表現している。
弁護士で溢れかえってる米国では、スポーツ業界にまで弁護士が浸透している(後編)
他方、日本の感覚だとなかなか理解しにくいのが、スポーツ業界にいる弁護士資格保有者だろう。
米国では、スポーツ選手の代理人、すなわちスポーツエージェントが弁護士であることが多い。これは一見意外に思えるかもしれないが、代理人の重要な役割は球団との交渉であり、契約周りを法律の専門家が担うのは極めて自然なことである。
弁護士で溢れかえってる米国では、スポーツ業界にまで弁護士が浸透している(前編)
米国では弁護士になりやすい。通常思われているよりずっと。
よって、米国では弁護士資格を持っている人がべらぼうに多い。
どれくらい多いかというと、2023年だけでも、8,000人近くがニューヨーク州の司法試験に、5,000人以上がカリフォルニア州の司法試験に合格している。つまり、たった1年で、13,000人以上の弁護士がたった2つの州から誕生しているのである。日本には合計45,000人しか弁護士がおらず、司法書士と行政書士を加えても国内で法律業務に携わっているのは10万人超なので、日本の感覚からすると、毎年数万人もの弁護士が誕生する米国は極めて異様だろう。
小室圭が担当している「G-BRIDGE」の業務は、日本の法律事務所では考えにくい(後編)
米国は弁護士が社会に満遍なく浸透している国である。一般人にまで浸透しているが故に「米国は訴訟社会」と言われるが、米国では公共の世界にも弁護士がわんさかいる。
米国政府の省庁には法務部があり、契約交渉や訴訟対応はそこにいる弁護士が担当する。自治体も同様で、州には法務部所属の弁護士がいるし、小さな自治体は町弁を顧問弁護士として起用している。こういった弁護士は、様々な縛りがある公共の世界の法律や慣習に精通している専門家である。
小室圭が担当している「G-BRIDGE」の業務は、日本の法律事務所では考えにくい(前編)
ローウェンスタイン・サンドラー(Lowenstein Sandler)法律事務所で小室圭が担当している「G-BRIDGE」。これが一体どういう業務なのかあまり語られていないが、それは日本の感覚からして、法律事務所が行う業務としてイメージが湧きにくいからかもしれない。
G-BRIDGEは「Generating Business Relationships in the Defense and Government Environment」の略。直訳すると「防衛と政府の業界における取引関係の構築」だが、これだけでは具体的に何をしているのか分かりづらい。
このチームの業務の背景にあるのは、民間企業が政府と取引をする際の特殊性だ。
有名になる夢が叶っても、いろいろずれたまま、思い通りにはいかなさそう(前編)
先日、林遣都が主役を務める舞台を観に行った。未だ小劇場にはまっているわけだが、いつもの演劇に比べて多かった若い女性の観客は、どう考えても林遣都目当ての林遣都ファンである。
そこで改めて思った。
僕も有名人になりたい、と。
水原一平がやったことは、精神病になればやりかねない
賭博にはまり、何億円もの借金を抱えた挙句、大谷翔平から1600万ドル(25億円)も窃盗した大谷の元通訳である水原一平を、多くの人は「バカ」やら「最低の人間」やらと酷評している。
そういった描写を否定するわけではないが、僕は彼について「病人」と表現するのが最も相応しいと考えている。
そして、精神病の人は、合理的には説明できない行動に出る。
大谷はお金に無頓着であってはいけなかったのに無頓着だったから、詐欺にあってしまった
大谷翔平の元通訳、水原一平が米国で起訴された。起訴状を読めば、大谷が知らないところで水原が1600万ドル(約25億円)をも窃盗していたことは、もはや疑いの余地がない。
水原の欺瞞は相当深かった。
- 大谷の野球選手としての給料が振り込まれていた銀行口座には、水原のメールアドレスと電話番号が登録されていた
- 賭博業者への送金は、すべて水原のモバイルやパソコンから行われていた
- 銀行から本人確認の電話があった時、水原は大谷に成りすまして大谷の個人情報を伝えていた
詐欺師が支配している銀行口座にプロスポーツ選手の給料が振り込まれてしまっているシナリオは、まさに以前紹介したペギー・アン・フルフォードの詐欺事件と同じである。
ここまで証拠が出てきているのにもかかわらず、まだ「25億円もの金がないことに気付かなかったなんてあり得ない」と大谷を疑っている人がいる。
だが僕は、別に大谷が騙されやすい世間知らずでなくても、彼が何も知らなかったことは十分あり得ると思っている。
僕は学歴詐欺だけはしていない(後編)
もとあれ、早期卒業はあっても留年は稀である米国では、4年間で大学を卒業するのが常識だ。
私立大学の4年間の学費は平均22万ドル(3000万円超)。留年は本人および家族の経済状況に打撃を与える一大事なので、大学側も各学生が4年以内に卒業できるよう最大限の努力を尽くす。ボストンカレッジにいた頃の僕は、1年生の時から指導担当の教授がついていて、毎学期、僕は彼から卒業に向けての進捗を確認されるだけでなく、次の学期で受けるべき授業について彼と協議していた。
僕は学歴詐欺だけはしていない(前編)
違法スポーツ賭博問題で注目されている大谷翔平の元通訳、水原一平。彼は、大谷がエンゼルスに在籍していた当時チームが配布した資料でカリフォルニア大学リバーサイド校の卒業生であるとされていたが、同校によると彼が在籍していた記録はないらしい。
どうやら水原は、金銭詐欺だけでなく学歴詐欺も犯していたようである。
大谷翔平の通訳だった水原一平の違法スポーツ賭博問題について、アメリカの法律とスポーツ選手の詐欺被害の観点で解説
超人気テレビ番組「ジャッジ ジュディ」のジュディ・シャインドリンと僕の最初の上司は、楽に仕事をしたがるアメリカの裁判官としては異例(後編)
超人気テレビ番組「ジャッジ ジュディ」のジュディ・シャインドリンと僕の最初の上司は、楽に仕事をしたがるアメリカの裁判官としては異例(前編)
アホに対して正義を下すのが魅力のリアリティ法廷番組「ジャッジ ジュディ」(後編)
2つ目の件は子供の死が絡んでおり、通常よりずっと重い内容の訴訟だ。
背景はこうである。
女性Cの家に女性Dの14歳の娘が遊びに行った。Cは常に車の中に鍵を入れっぱなしにしており、未成年の息子がたまに運転することを許容していた。事故があった日、Cの息子を乗せた車をDの娘が運転していたら、車が転覆してしまい、Cの息子は無事だったものの、Dの娘は即死してしまった。
アホに対して正義を下すのが魅力のリアリティ法廷番組「ジャッジ ジュディ」(前編)
"裁判官"であるジュディ・シャインドリン(Judy Sheindlin)に5億ドル(約700億円)もの資産を生み出した超人気リアリティ法廷番組「ジャッジ ジュディ」。僕自身、この番組を見始めたらやめられない。
その魅力はどこにあるのか。それはきっとアメリカ人のアホさとそれに対してスパッと正義を言い渡す爽快感だろう。悪に対して正義を下すのが半沢直樹なのであれば、アホに対して正義を下すのがジュディ・シャインドリンである。
“裁判官”として700億円も稼げる「リアリティ法廷番組」は、アメリカの訴訟社会を象徴している(後編)
では、旅費に加えて賠償金まで負担する番組側にどんなうまみがあるのかというと、もちろん視聴率である。
リアリティ法廷番組は平日の昼間に主婦向けに報道される。「ジャッジ ジュディ」は多くある番組の中でも最も人気が高く、毎日1000万人もの視聴者がいる。安定したターゲット層が毎日1000万人も見ていれば、相当なCM広告費が期待できるだろう。
“裁判官”として700億円も稼げる「リアリティ法廷番組」は、アメリカの訴訟社会を象徴している(前編)
アメリカで最も裕福な女性を調べると、必ずジュディ・シャインドリン(Judy Sheindlin)という名前が出てくる。5億ドル弱(約700億円)もの資産を持っている彼女は、驚くことに、その財産を裁判官として築き上げた。
もちろん、裁判所で民事訴訟や刑事事件を裁く裁判官としてではない。「ジャッジ・シャインドリン("Judge Judy")」と呼ばれるアメリカの超人気リアリティ法廷番組の主宰としてである。
このリアリティ法廷番組ほど、アメリカの訴訟社会を象徴している番組はないだろう。
小室圭の異動と日本製鉄のアドバイザーになるとの憶測について考えること(後編)
【日本製鉄がわざわざローウェンスタインを起用するメリットは見当たらず】
日本製鉄によるUSスチールの買収を機に小室圭が日本製鉄の国際貿易のアドバイザーになるのではないかと憶測されているが、僕としては「そんな簡単に行くだろうか」と思ってしまう。そもそも、日本製鉄ともあろう大企業には既に米国系法律事務所がついているはずで、既存の関係を引き離すのは大変である。
小室圭の異動と日本製鉄のアドバイザーになるとの憶測について考えること(前編)
最近、小室圭が入所2年目にして違う部署に異動し、USスチールの買収を発表した日本製鉄のアドバイザーになるのではないかとまで憶測されている。
小室圭がいる世界にいたことがあり、彼が所属していたローウェンスタイン・サンドラー(Lowenstein Sandler)法律事務所から内定を貰っていた者として、僕なりの考えを述べてみたい。
「飛行機事故検証マニア」として、羽田空港衝突事故について思うこと
「飛行機事故検証マニア」として、羽田の滑走路衝突事故に関して思うことを書いてみることにした。なお、これを機会に、以前書いた「航空事故を生き延びるための三つの秘訣」にもぜひ目を通していただきたい。
この事故については、多くの人が「なぜ起こったのか」という点に最も関心を持っている。事故の原因については過去の類似した事故が参考になると思えるので、過去にあった主な滑走路衝突事故と原因を最後にまとめてみた。
本文では、あえて他ではあまり強調されていない次の2点について語りたいと思う。
- この事故では、旅客機の方で1人も死者が出なかったという「成功」があったこと
- 今後の防止策として謳われている自動化は、有力な手段だが限界があること
ゼロ金利の弊害、WeWork(後編)
僕がWeWorkのことを知ったのは、会社が上場のための書類である目論見書を公開した頃であった。前職時代に目論見書を作成する仕事をしていた僕は、当時物議を醸していたWeWorkの目論見書を読んでみたくなったのだ。
目論見書に目を通してみると、冒頭からおかしな記載がある。創業者であるアダム・ニューマン(Adam Neumann)が「Adam」と表現されているのだ。いくらファーストネームで人を呼ぶのが当たり前の欧米でも、目論見書のような正式な書面では「Mr. Neumann」と表現するのが常識である。
ゼロ金利の弊害、WeWork(前編)
僕は金融危機のニュースを追うのが好きである。銀行の破綻とか大企業の粉飾とかのニュースからは目が離せない。
近年、そんな僕の関心を最も引いたのがWeWorkである。
WeWorkは2023年11月に経営破綻したが、その頃には世間から既に忘れられており、話題になっていたのは4年前に会社が上場しようとして失敗した時である。
WeWorkのIPO失敗ほど、10年間続いたゼロ金利政策の弊害を象徴している出来事はなかった。
2023年は、「生きること」の意義についてたくさん考えた年でした
今年の春、母方の祖父が103歳で亡くなりました。偉大な人生を生きた祖父について書くことも考えたのですが、私は「死」というものが堪らなく苦手で、「死」について考えようとすると思考停止状態に陥ってしまいます。よって、今年は祖父の「死」についてではなく、自分の「生」に対する考えについて書くことにしました。
アメリカの大学スポーツに対する感覚では、日大のアメフト部廃部は考えられない(後編)
卒業してからは、チームの成績が悪ければ監督の解雇を求める地元の新聞に賛同し、新しい監督に年間1億円しか支払われないことを知ると、ケチったことで知名度が高い監督を起用できなかったことに憤った。
僕は決して熱狂なファンではない。母校チームの成績も良い年で勝率5割だ。それでも、アメフト部が廃部されれば、毎年行っている大学への寄付を確実に止めるだろう。
アメリカの大学スポーツに対する感覚では、日大のアメフト部廃部は考えられない(前編)
国内のアメフトファンなら知らない人はいない日本大学のアメフト部が廃部された。それも選手の不祥事によって。
この問題については、大学側の責任や選手側の権利の観点から多く語られているが、あえて僕は注目されてない「ファン」という視点で語ってみたいと思う。なぜなら、ファンも(選手ほどではないにせよ)明確なステークホルダーだからだ。
意外かもしれないが、僕は食生活も、読む活字も、仕事の仕方も、極めてジャパニーズ(後編)
意外かもしれないが、僕は食生活も、読む活字も、仕事の仕方も、極めてジャパニーズ(前編)
僕は日本生まれの日本育ちなのに、アメリカ生活が長いせいか、いろいろ誤解されている。
たとえば、食生活。僕の食欲は部活帰りの高校生並みだが、好きなのは和食だ。外食すると和食の店しか選ばず、もっぱら魚と野菜ばかり食べている。
ところが、ジョー=アメリカンのイメージが強いせいか、多くの人は僕が毎日肉をがっつり食べていると勘違いしている。接待でステーキ屋なんかに連れていかれるのはありがた迷惑で、そんな時の僕は、ステーキを食べながら翌日の献立を刺身と納豆のどちらにしようかと悩んでたりする。
僕は森喜朗と徳川慶喜が好きすぎてちょっと変な趣味に走ってる(後編)
こんな感じでこの二人を褒め称えたらきりがないが、実は僕が彼らに対して抱いている気持ちは結構軽薄である。
たとえば、僕と森喜朗の関係。これはアイドルを追っかける女子高生の関係だ。もちろん、森喜朗がアイドルで僕が女子高生である。
僕は森喜朗と徳川慶喜が好きすぎてちょっと変な趣味に走ってる(前編)
「評論家」の基準~単なる「意見屋」との違い(後編)
4)ニュアンスを理解できる
世の中は複雑であり、どんなことにもニュアンスがある。マイケル・ベイは爆発をバンバン起こすことくらいしか能がない監督だが、「アイランド」(2005年)のように観る価値がある映画を稀に作ることがある。「タレント議員は無能だ」とよく言われるが、参院議員として史上最多当選(8回)している山東昭子は遥か昔タレントであった。絶対的な発言しかしない人は、「評論家」として未熟である。
「評論家」の基準~単なる「意見屋」との違い(前編)
何も変えようとせず、何も変えられる立場にもなく、言いたい放題である「評論家」は結構無責任であるが、それでも単に意見を述べるだけの「意見屋」よりはましである。
世間には自分の意見を述べることに人生を捧げている人が少なからずいるが、そんな人たちが「評論家」として認められるべきか、それとも「意見屋」として見下されるべきかを判断するにあたって、僕は次のような基準を参考にしている。なお、すべての基準において映画と政治の評論の観点で説明しているが、それは僕自身がその二つの分野について詳しく、最も自分が「評論家」に近いであろうと考えるからである。
やさしいより厳しいほうが「いい人」の場合もある(後編)
やさしいより厳しいほうが「いい人」の場合もある(前編)
僕は長い間、人には「いい人」という要素さえあれば十分だと思っていたのだが、いろんな人に会えば会うほど、世の中そう簡単ではないと考えを改めるようになった。
たとえば、「いい人だけど頼りがない人」。そんな人は誰しも親族や同僚に一人くらい思い浮かぶのではないだろうか。こういう人たちは純粋な心の持ち主で、悪意はなく、悪いこともできないが、困った時にあまり当てにならないと言う意味では物足らない。
頼りない人は害にもならないかもしれないが、世間には「いい人」だからこそ害を与える人もいる。
「¥マネーの虎」よりずっとレベルが高い海外版は見逃せない(後編)
さらには、実業家と起業家とのやり取りも、海外版の方がレベルが高いように見えてしまう。
自腹で資金を出す実業家が起業家の事業計画の甘さを容赦なく叱咤するのは「¥マネーの虎」でも海外版でも見どころであるが、海外版では数字に関する詰めが特に厳しい。
「¥マネーの虎」よりずっとレベルが高い海外版は見逃せない(前編)
2000年代に深夜テレビ番組「¥マネーの虎」として脚光を浴び、2018年から「令和の虎」としてYouTubeで復活している番組が、海外では「Dragon's Den」(イギリス)や「Shark Tank」(アメリカ)として爆発的にヒットしていることをご存知だろうか。
小室圭の勤務先でレイオフ(大量解雇)があっても、彼の年次は対象に含まれない(後編)
当時の僕は、僕も相手の弁護士もレイオフの対象に含まれなかったことは運が良かったからだと思っていたのだが、今なら分かる。あれは運でも何でもなかったのである。彼も僕も新米弁護士だからこそ生き延びれたのだ。
理由は簡単だ。新米の給料は安いからである。
小室圭の勤務先でレイオフ(大量解雇)があっても、彼の年次は対象に含まれない(前編)
アメリカのIT企業によるレイオフ、いわゆる大量解雇が日本でも物議を醸しているが、景気が後退するといずれは大手法律事務所も煽りを受けるのがアメリカである。特に金融に依拠しているM&Aなどの分野が強い法律事務所は、景気の動向に左右されやすい。(余談となるが、会社更生や訴訟といった分野は、反対に景気悪化に強い)
そうなると気になるのが、コーポレート関係の仕事がしたいと言って小室圭が就職した法律事務所ローウェンスタイン・サンドラー(Lowenstein Sandler)が、16人解雇したという報道である。対象となったのはスタッフであるが、いずれは弁護士にも広がる兆しを感じさせる驚きのニュースである。
僕はつまらない人間が嫌いである(後編)
しかし、そこで気付いた。そういう神経だからこそ、つまらない人間になるのだ。学歴だけが根拠のプライドで自分は賢いのだと信じて疑わず、自分が知らないことや想像できないことについて否定的になり他人の話を聞かない。だから、永遠と自分の小さな世界から出られない。
僕はつまらない人間が嫌いである(前編)
僕は八方美人だ。でも、そんな僕でさえ、ある種の人間からは好かれずとも構わないと思っているし、僕もその種の人間に対しては嫌悪しか感じない。
その種の人間とは、つまらない人間である。そして、そういうつまらない人間にこそ、学歴が高いエリート職に就いている人物が多い。
2022年は常にチャレンジし続けることの重要さを認識した年でした
さて、今年の春、私は職場で昇進しました。正直、少々遅かったです。
私は極めて能天気な性格です。それは仕事に対する姿勢にも言えることで、良い同僚に囲まれ、やりがいを感じていれば、私はそれ以上のことを仕事に求めてきませんでした。結果として出世欲を持たないことになったのですが、それは美徳であるとさえ自負していました。
しかし、昇進が遅れ、昇進するために何が欠けているのかを真剣に考え、やっと昇進できたことで、ひとつ悟ったことがあります。それは、意欲とチャレンジと成長は切っても切れない関係にある、ということです。
2000円札は、実は1円玉や5円玉より便利(後編)
もっとも、大半の人が2000円札が不便だと思い込んでいることには、それなりの理由がある。
2000円札はもともと、西暦2000年とその年に実施された沖縄サミットを記念して、1999年に当時の小渕恵三首相により発案され、2000年に発行が開始されたものである。公表から発行まで1年間しかなく、この期間は異常に短い。現在予定されている新紙幣への改刷は、2019年4月に公表され2024年上旬に発行が始まるので、5年近い期間がある。偽造対策のために実施された前回の改刷は、2002年8月に公表され2004年11月から発行が始まり、早かったと言われながらも2年3ヶ月の期間があった。2000円札の1年間がどれだけ短かったかがよく分かる。
2000円札は、実は1円玉や5円玉より便利(前編)
米国中間選挙を解析!(後編)
【上院の予想】
注目されている上院の議席を投票終了時間の順に解析していこう。時間はすべて11月9日(水)の日本時間。
リマインドとなるが、共和党が一つでも議席を増やせば過半数を獲得する。以下の予想では、ネバダ州で共和党が民主党から議席を奪い、(後日の決選投票に持ち込まれるであろうジョージア州の結果に関わらず)共和党が僅差で上院の過半数を獲得すると予測している。
米国中間選挙を解析!(前編)
日本語が宝の持ち腐れになってしまうから、僕は小室圭の法律事務所の内定を辞退した
“実務”しかできず”仕事”ができない管理職は淘汰すべし(後編)
10年ほど前、Bさんには優秀な部下がいた。彼はそつなく実務をこなせるだけでなく、管理職になれるリーダーシップの要素も持っていたのだが、当時のポジションが大変居心地が良かったようで、現状に満足しちゃっている節があった。ある時、Bさんはそんな部下を呼び出して、次のように伝えた。「あなたがこの会社で学べることはすべて学んだ。これ以上在籍していても成長できないので、半年以内に転職先を探しなさい」。
つまり、優秀な部下に対して引導を渡したのである。その後彼は無事転職できて、現在は大企業の上層部にいるらしい。数年前にBさんが彼の妻と再会したら、「あの時に夫を辞めさせてくれてありがとう」とお礼を言われたそうだ。
“実務”しかできず”仕事”ができない管理職は淘汰すべし(前編)
「Aさんは仕事はできるんだけど...」と言った話を聞くと、僕は必ず訂正する。「それって、『仕事』じゃなくて『実務』のことでしょう」と。
なぜなら、必ずと言っていいほど「...」の後に続く話が仕事の一部である事柄ばかりだからだ。実務はあくまで仕事に一環でしかない。僕からしたら、実務しかできない人は仕事をこなしているとは言
Noとしか言えない法務部など不要(後編)
さらにAさんは、「法務部は法律の専門家なんだから、ビジネスサイドに対して上から目線で接していればいいのだ」という考えの持ち主であった。
これを聞いた僕は、驚くと言うより変に納得してしまった。
Noとしか言えない法務部など不要(前編)
最近、ある大企業の法務部に所属しているAさんと、「法務部のあるべき姿」について議論することになった。
僕の日常の多くは、ビジネスサイドからくる緊急依頼や難題をタイムリーかつ納得してもらえる形で対応していくことにある。これを聞いたAさんの感想は「ビジネスサイドに寄りすぎだと思います」といったものであった。Aさんによると、「明日までに必要だ」とか「これをしてくれないと困るんだ」といった依頼に対しては、「それはできません」とビシッと突き返すのが法務部としてのあるべき姿らしい。
人生を赴くままに楽しく生きてる僕が”自殺”したら、殺人犯を見つけてください(後編)
もし僕が自殺を疑われる形で死亡していたら、それは10000%の確率で殺人だと断言できる。地球が破滅するまで太陽が昇って夕日が沈むことが繰り返されるくらいに、僕の死が他殺であることは確実だ。
そんなわけだから、読者にお願いがある。僕が自殺をしたらしいという噂を聞いたら、直ちに犯人を探して欲しい。
人生を赴くままに楽しく生きてる僕が”自殺”したら、殺人犯を見つけてください(前編)
忙しくて大変そうな天才にもそのサポート役にも、同情は不要(後編)
このサイクルが永遠と繰り返されるサポート役は、ほとほと疲れてしまう。こういう人たちの口からは、もっぱら「OOOさんに付いていくのは大変なんです」とか「OOOさんと一緒にいると疲れます」みたいなぼやきしか聞こえない。そんな話をされると、僕としても労いの言葉の一つか二つをかけてあげたくなる。
しかし、よくよく話を聞くと、実は彼らも同情は不要だったりする。
忙しくて大変そうな天才にもそのサポート役にも、同情は不要(前編)
僕の周囲には、売上数十億円の会社を築き上げたり、ひょこっと首長になったり、天才というべきか実力者というべきか、並の人なら挑戦しようとも思わないことを成し遂げてしまう人が少なからずいる。
一時昔の僕は、こういう人たちを見ては、「行動力がある分、常に忙しくしていて、休暇どころか睡眠も取ってなさそうで大変だなあ」と同情していた。
八方美人といらぬ遠慮は反対に迷惑(後編)
この一連の出来事を観察しながら、僕は「自分が彼女の立場だったら、絶対にこんなすんなりには行かなかっただろう」と考えてしまった。
僕はファミレス店舗内といった狭い空間でも迷子になりかねないので、トイレから戻ってきて自分の席だと記憶しているところに他の客が座っていたら、まずはそれが自分の席だということに自信を持てず、"本当の"自分の席を探しに店の中を行ったり来たりしたであろう。
八方美人といらぬ遠慮は反対に迷惑(前編)
先日、自分の性格について改めて省みるちょっとした出来事があった。
その時の僕はファミレスにいて、既に注文を終わらせ料理が出てくるのを待っている状態だった。そこに手ぶらの女性一人が現れ、右隣の席に座った。彼女は座って早々にメニューを開き、店員が水とおしぼりを持ってくるのも待たず、スープとパスタを注文した。ちなみに、僕はちょっと前にじっくりメニューを研究した後、海鮮サラダとオニオングラタンスープ、ハンバーグとライスセットのフルコースメニューを注文したばかりだった。
悪循環に陥った株式市場には抗えない(後編)
悪循環に陥った株式市場には抗えない(前編)
株式市場が長期的な弱気相場に入ったようだ。英語で言ういわゆるBear Marketだ。
これに突入すると、悪循環の始まりだ。
投資家というものは、いったん下落市場に嫌気が差すと、とにかく売却することにしか関心がなくなる。会社の業績がよければ株価は5%の下落、まあまあであれば10%の下落、最悪であれば20%の下落。どんな業績でも株価は上がらず、所詮は下げ幅の違いにしかならない。
低い投票率も金も無能な政治家も、「政治」にはつきもの(後編)
低い投票率も金も無能な政治家も、「政治」にはつきもの(前編)
僕にとっての政治とは、次のようなものである。
「日常生活を生きていくことに精一杯な多種多様な1億人から構成する国家を、一般の人が関与できる、そして一般の人が実際に関与している形で、安定的に治めること」
僕の政治に対する考えは、概ねこの一文に凝縮されている。
司法試験に二回落ちた小室圭が優先すべきは、職ではなく試験(後編)
【優先すべきは仕事ではなく司法試験の合格】
小室圭は、遅かれ早かれローウェンスタイン・サンドラーから退所を促されるだろう。たとえ引導を渡されなかったとしても、自主的に退所すべきだ。
もちろん弁護士として採用された以上弁護士になれないのであれば辞めるのが筋という理由もあるが、もっと現実的な問題として、もはやローウェンスタインで仕事をしながら司法試験に合格することは困難すぎる。
司法試験に二回落ちた小室圭が優先すべきは、職ではなく試験(前編)
暴落するかもしれない覚悟がないなら、株に手を出してはいけない(後半)
僕は投資に関するうまい話はありえないと確信しているので、今の世の中は下げ相場の兆候だと思えて仕方がない。
日常のように、SNSで株で儲けた話が投稿され、YouTubeで投資勧誘の広告が流れる。そして、何より、今まで投資をしたことがない人たちが、僕に投資の相談をしに来る。これはまさに、高校時代、株式市場大暴落の直前に、食堂のおばちゃんが僕に株の話を振ってきたことを思い出させる現象だ。
暴落するかもしれない覚悟がないなら、株に手を出してはいけない(前半)
中学時代から株に関心を持って高校時代から実際に投資をしてきている僕は、しょっちゅう、いろんな人から、投資に関する相談を受ける。
そんな時、僕はまずこうアドバイスする。「株は下落する。それも、たまに暴落する」
そして、多くの失敗談を共有する。
僕は演劇にも映画にも、大衆性と芸術性を求める(後編)
このように、僕は映画に対して常にエンターテイメント性を求めている。さらに、僕には「どんなジャンルにもいい映画がある」といった持論がある。思考が一切不要なアクション映画でも、馬鹿げたコメディでも、甘い恋愛物語でも、僕はいつも面白さを期待して決して映画の誘いを断ったりはしない。
しかし、だからと言って、観た映画のすべてが好きになるわけではない。というか、僕は映画の評価には厳しい方だ。「どんなジャンルにもいい映画がある」という考えの裏には、「どんなジャンルにもいい映画と悪い映画がある」という意味が含まれている。
では何が映画の良し悪しを分けるのかというと、実はそれは、僕のルームメイトが拘った芸術性なのだ。
僕は演劇にも映画にも、大衆性と芸術性を求める(前編)
僕は最近、小劇場というマニアックなジャンルの演劇にはまっている。その世界にどっぷり浸かっている知人の影響である。
先日その知人と一緒に芸劇サファリ・Pによる「第8回公演『透き間』」と呼ばれる演劇を鑑賞しにいった。1時間半に渡って俳優が走り、泣き、踊るのを観た後の僕の感想は、「?」でしかない。何しろ、最初から最後まで、一体何が起こっているのかさっぱり理解できなかったのだ。
こういうことを体験する度に、僕は「芸術」のあるべき姿について考えてしまう。
周囲にいるヤバい人達を閣僚にする空想ゲーム、「組閣モノポリー」(後編)
周囲にいるヤバい人達を閣僚にする空想ゲーム、「組閣モノポリー」(前編)
最近の僕は、「組閣モノポーリー」と名付けた自己開発ゲームで空想にふけている。
ゲームの設定とルールはこうだ。
- 自分は内閣総理大臣
- 現内閣は第5次ジョー第2次改造内閣
- 直近の総選挙は2年前で、参院選も含むと大型選挙で8連続圧勝
- 現在の内閣支持率は48.9%
- 与党内の支持基盤安定化のために、内閣改造が必要
- 周囲の友人、同僚、知人が全員入閣待機組(つまり、入閣させないと反乱を起こしかねない)
- 周囲から第5次ジョー第3次改造内閣の閣僚を選定
この設定の中でどういう人事を行うかによってその人の政治姿勢が明らかになるのだが、僕の場合、政治的目標は迷いなく「節操ない内閣支持率の維持」なので、次のような基準で閣僚を選定していく。
「腕時計通貨」という、僕のややっこしい日常通貨(後編)
ということで、腕時計通貨で重要なのは、本数ではなく「機能」と「ブランド」を通貨単位にすることなのだが、ここで紛らわしいのが、「機能」の価値は実用性に反比例しているということだ。
たとえば、Seikoの時計は時間の正確性が売りだが、正確性と呼ばれる"機能"には「銭」レベルの価値しかない。「円」の価値がある機能といえば、ミニッツ・リピーターやパーペチュアル・カレンダーだろう。
「腕時計通貨」という、僕のややっこしい日常通貨(前編)
僕は50,000,000,000ジンバブエ・ドル札を持っている。
この紙幣の価値は、ハイパーインフレーションのせいで1銭未満。こんなに桁がある通貨でモノの価値を測っていたらエライことになりそうだが、実は僕は日常生活で「腕時計通貨」という僕特有の通貨を使ってモノの価値を判断しており、これはこれで十分ややっこしい。
小室圭の事務所プロフィールを、その世界から来たジョーが読み解く
前回は小室圭の就職先であるローウェンスタイン・サンドラー(Lowenstein Sandler)について自分の経験を元に解説したので、今回は当事務所のサイトに掲載されている彼のプロフィールを(つい最近まで類似したプロフィールが公開されていた者として)読み解いていきたい。
【学位】
事務所のプロフィールによると、小室圭は2019年にL.L.M.と呼ばれる学位を、2021年にJuris Doctorと呼ばれる学位を取得している。
L.L.M.とは日本の大学の法学部を卒業した人が米国に留学する際に取得する学位で、1年間で取得できる。L.L.M.を取得すれば多くの米国の州で司法試験を受験できるので、日本企業の法務部社員や日本の弁護士が米国の弁護士資格を保有している場合、学位は大抵L.L.M.だ。
他方で、Juris Doctor(通称、「J.D.」)とは一般の米国人が弁護士になるために取得する学位で、取得するのに3年かかる。
学位がL.L.M.でもJ.D.でも米国弁護士になれるのだが、双方の大きな違いは、前者だと米国本土での就職に大変苦労することだ。その理由は簡単で、一般の米国人はほぼ例外なしにJ.D.を取得するので、法律事務所の採用活動もJ.D.取得者を対象としているからだ。(米国法律事務所の東京支部での就職は事情が大きく異なることに注意)
小室圭は当初L.L.M.プログラムに入り、その後J.D.も取得することにしたようだ。ニューヨークで勤務することを希望していたのであれば、これは賢明というより必須の決断であったと思われる。
二階俊博を評価できなくては、政治は理解できない(後編)
二階俊博を評価できなくては、政治は理解できない(前編)
僕は自称「政局マニア」である。「政治」マニアではない。「政局」マニアだ。
そんな僕が政治において何より評価するのが、政治権力の獲得維持能力。僕にとって、政治家の政策や政治思想なんてモノは二の次にすぎない。
そういう意味では、この5年間、自民党を牛耳ってきた二階俊博幹事長は尊崇に値する。
10代のバイト、貴重な人生勉強(後編)
世間知らずの僕でさえも採用してくれる企業だったから、バイトの初日は研修から始まった。
研修の講師は気さくなおばちゃんで、そんな彼女に教わった一つが、会計を終わらせる前にカゴに商品が残ってないかを確認することの重要性だ。「カゴに残った商品の代金を回収しないことによる損害がバカにならないの」と説明しながら、「我が社の業績は厳しいからね…」と補足していた彼女の言葉が今でも忘れられない。大企業でも経営の不振が現場の人に影響を及ぼすのを目の当たりにしたこの瞬間は、当時でもとても感慨深かった。
10代のバイト、貴重な人生勉強(前編)
「お酒とバイトは中2から」。僕にはこんな持論がある。
「中2」とは語呂がいいから選んだ年齢だけであり、もちろん違法行為を推奨しているわけではない。この持論の趣旨は、お酒も労働もなるべく早く経験した方がいい、といった人生アドバイスである。
様々な経験を重ねて、僕は金について詳しくなった(後編)
様々な経験を重ねて、僕は金について詳しくなった(前編)
僕は、様々な経験を重ねることによって、金について詳しくなっていった。
僕が最初に経済に関心を示したのは、小学生のとき。地元のガソリンスタンドの価格の変動を追って、僕は市場価格という概念に触れた。
僕が最初に株に投資をしたのは、高校2年生のとき。頑張って貯めたお年玉やバイト代を掻き集めて購入した株が9カ月間で2倍になりその半年後に4分の1に暴落して、僕はリターンが高い投資にはリスクが伴うことを学んだ。
僕は文才なき直木賞受賞者になる(後編)
僕は文才なき直木賞受賞者になる(前編)
僕の肩書きは自称「直木賞受賞予定作家」。このブログがいつか自伝小説として纏められ、ベストセラーになる日が訪れると信じて疑わない。
もっとも、僕には自分に文才がないという自覚がちゃんとある。
時には一般常識からかけ離れる、犯罪者を代理する(米国)弁護士の倫理観(後編)
しかし、この機密保持義務は、場合によっては弁護士をとてつもなく難しい立場に置く。
1970年代、米国ニューヨーク州でこんなことがあった。
ある弁護士は、女学生を殺人した容疑で逮捕された被疑者の代理人として雇われた。その弁護士は、依頼人の話を聞いているうちに、依頼人がもう二人の学生を殺していることだけでなく、死体がどこに埋められているかまで知ってしまう。
時には一般常識からかけ離れる、犯罪者を代理する(米国)弁護士の倫理観(前編)
米国では弁護士は特に反感を買う職業だが、その理由の一つとしてよく挙げられるのが、「弁護士は凶悪犯罪者でも弁護する」というものだ。
犯罪事件における弁護士の倫理観とは、実は複雑だ。
男はバカ(後編)
他方で、相手が小学高学年くらいの女子だと、劣勢になった瞬間に勝負を投げたくなる。
女子はとにかく落ち着いているのだ。将棋盤から常に目を離さず、一手一手に隙がなく、対局後に「ここら辺が良くなかったです」と僕の将棋について諭されると、「はー、そうでしたか」と萎縮してしまう。
男はバカ(前編)
人生で重要なのは、根拠のない自信と純粋な関心(後編)
人生で重要なのは、根拠のない自信と純粋な関心(前編)
政権が取れちゃうからこそ、僕は政治家にならない(後編)
「政党は組織」が持論5である僕は、考えが合わない、などという子供じみた個人的な事情で離党はしない。そして、自分が政党を作ったら、党を離れる議員の離党届を受理せず除名処分にし、次の選挙では対抗馬を立てて、刺違えになってでも潰しに行く。
「政局は勝ってなんぼ」が持論6である僕は、政局の兆しには常に敏感でいて、予期しなかった政局に足をすくわれる、などというヘマは絶対にしでかさない。政局に勝つ確実な方法は奇襲を仕掛けることなので、政局が起こりそうになったら、主導権を握るために自分から先に起こす。
政権が取れちゃうからこそ、僕は政治家にならない(前編)
いろいろ考えさせられた2020年
さて、私の座右の銘は「人生いろいろ」ですが、さすがの私も、映画の世界でしか見たことがないパンデミックを自ら経験することになるとは夢にも思っていませんでした。
こういう未曾有の時こそ、人生について改めて考える機会になるのだと思います。
話してない時の僕は、常にカッコつけている(後編)
このように日常生活の中で常にカッコつけている僕は、娯楽の時も決して気を緩めずにカッコつけを維持している。
カジノは僕の趣味の一つ。そして、カッコいいカジノゲームと言えば、やはりバカラだ。
話してない時の僕は、常にカッコつけている(前編)
「喋りさえしなければねー」とあたかも話さなければ魅力的だと言わんばかりの指摘を受ける僕は、稀に話していない時はカッコつけている。
最近、友人と遊園地に遊びに行った時にこんな会話を交わした。
友達〜「暑いねー」
僕〜「そうだねー」
友達〜「革ジャンなんか着てて暑くない?」
僕〜「暑いねー」
友達〜「じゃあ、なんで着てるの?」
僕〜「カッコいいから」
友達〜「。。。」
僕は金の亡者(後編)
さらには僕は、過去、現在、そして将来の収入と出費についても心配している。
収入については、社会人になってから今まで毎年いくらの所得があったか概ね覚えており、将来の収入についても関心が高いので、夏と年末は大口宝くじを必ず購入している。
出費については、家計簿をつけているので月の単位で出せる。コロナ禍で会食を避け趣味も追求できなくなりノイローゼ気味になったが、その反面、月々の出費を30%〜40%削減できたことはなんとも喜ばしいことだ。
僕は金の亡者(前編)
やっと昇級の将棋、一生の付き合いの趣味(後編)
やっと昇級の将棋、一生の付き合いの趣味(前編)
2020年8月12日の水曜日、私、ジョーは、千駄ヶ谷にある将棋会館の道場で5級に昇級いたしました。
毎年発信している自己満足の年次報告書を読んでくださっている方はご存知のとおり、これは私にとって人生の一大イベントです。
昇級までの道のりは、とにかく「長かった」の一言に尽きます。
投票率なんかより肝心なことがある(後編)
日本と米国で根本的に違うのは、投票率ではなく、日常における政治への身近さだ。
米国では、中学時代に国会議員に手紙を書いて返事をもらい、高校時代に国会議員の地元事務所でインターンをし、大学時代に徹夜で政治を議論し、大学院時代に選挙ボランティアを経験した、という人がざらといる。
果たして、これを一つでも経験したことがある日本人がどれほどいるか。
投票率なんかより肝心なことがある(前編)
昨日、都知事選が開票された。
投票率は55%。いつものことながら、「投票率の低さに驚いた」などとコメントしている人がいる。
しかし、僕に言わせてみれば、投票率が低いなんて当たり前だ。
投票という行為がどういうものなのか、冷静に考えてもらいたい。
もしかしたら、僕は酒に強いのかもしれない(後編)
ところが日本に戻ってきて以来、どうも周囲が見る目と自分の自覚の間にズレが生じるようになった。
その大きな理由は、どうやら僕が日本酒を好むかららしい。そして、好むだけでなく、結構飲むかららしい。
もしかしたら、僕は酒に強いのかもしれない(前編)
僕が酒を飲むようになったのは、米国に住んでいた大学時代である。
米国大学生といえば、親の監視を離れて寮で自由奔放に暮らす未成年が、金曜日の夜に暴飲し、土曜日の昼に嘔吐し、日曜日の朝に病院に運び込まれるというイメージが強いが、僕はそういうのとは全く無縁だった。
別に模範な学生を演じていたわけではない。単に周りが飲んでる酒に興味がなかっただけだ。
ナルシストの僕は、食事会では迷惑な存在(後編)
このためか、僕はしょっちゅう会食で墓穴を掘る。
例えば、最近来日したあるエラーイ人を接待した時。最初に店に着いた僕はさっさと真ん中の席に陣取ったのだが、後に現れた人誰一人として、僕の隣や前に座ろうとしなかった。
ナルシストの僕は、食事会では迷惑な存在(前編)
既にお気付きの読者も多いと思うが、僕は「超」がつくほど自己中心的だ。
他人に興味がない。常に自分が注目の的でないとおもしろくない。
僕という人物は、実に周りにいてほしくない存在である。
それが最も顕著に表れるのが食事会だ。
日本の教育に欠けているのは、議論をする訓練(後編)
日本の教育に欠けているのは、議論をする訓練(前編)
昨年、僕は米国の中学校で米国憲法を教えるというボランティア活動に参加した。
教えたクラスは30人くらいの中学一年生。授業の内容は表現の自由についてだったが、ふとしたことで、投票年齢を18歳から引下げるべきかという議論が勃発した。
やりがいがあることをやり抜くのは大変なことを悟った2019年
僕は天才でなくてよかった(後編)
僕は天才でなくてよかった(前編)
ベルギーの天才児が9歳で大学を卒業するらしい。今後、医者を目指すのだという。
こういった天才について読む度に思うのだ。「天才」とは幸せなのだろうか、と。
僕は府中刑務所に住みたいと思ったことがある(後編)
刑務所はホテルではない。クレジットカードではなく有罪判決を提示しないと宿泊させてくれない場所である。
さらにややっこしいことに、日本には執行猶予という処分がある。この中途半端な判決を食らうと、前科はあるが入所はできないという、最悪の状態に陥ってしまう。
僕は府中刑務所に住みたいと思ったことがある(前編)
こんなツイートを発見。
上京した頃、列車の中から東京拘置所が見える度に「今はアパート暮らしだけど、いつかこういう立派なマンションに住むんだ」と心に誓っていた。
#どれだけのミスをしたかを競うミス日本コンテスト pic.twitter.com/UmiSddeTsd
— みっち (@Bearchen_news) March 14, 2019
この人、拘置所とは知らずに住みたいと思っただけマシである。僕なんぞは、刑務所と分かってて住みたいと思ったことがある。
プライドが高くて自覚がないのは致命的(後編)
一般論として、大抵の人は仕事ができない同僚に作業を頼まない。そんな同僚のフォローをするくらいなら、自分でやってしまった方が早いからだ。
でも僕には、「あなたの仕事を僕がしたらあなたが必要なくなる」という哲学がある。よって、僕はできない同僚にも仕事を振るが、代わりに、そんな同僚にもとことん付き合い徹底的に指導する。
プライドが高くて自覚がないのは致命的(前編)
これまで、できる人、できない人、普通のできの人を色々と見てきたが、一つ言えることは、プライドが高くて自覚がないのは致命的、ということである。
そんな人が世には少なからずいる。
飛行機の旅は、とにかくやることが多すぎる(後編)
【読む】(2〜3時間)
年間52冊の読書ノルマがあるにもかかわらず、普段の僕は読書どころではない。よって、冊数を稼ぐ絶好の機会である出張や旅行には、本を4、5冊えっちらおっちら持って行く。
飛行機に乗ってる間は、もっぱら読書にあてられる時間。もっとも、「いつでも読める」という気持ちより「ちゃんと読まねば」というプレッシャーの方が強く、通路側に座った後に窓際の人が現れると僕が激怒するのは、読書ノルマ達成の邪魔になるからである。
飛行機の旅は、とにかくやることが多すぎる(前編)
僕は飛行機での旅が全く苦にならない。なにせ、飛行機の中ではやることが多すぎるのだ。
【呑む】(常時)
気圧が低い機内では酒がまわるのが早い、と言うのは定論。どんな便でも離陸後すぐに飲み物サービスがあるので、早々とご機嫌になれる。
さらに、国際便だとアルコールは無料。頼めばいつでも日本酒を持ってきてくれるので、離陸直後に飲んだ酒が薄れてきたら、乗務員に声をかけるだけで、すぐにまたご機嫌気分に戻れる。
人格なき人間には、消えていただきたい(後編)
認めるのも恥ずかしいが、僕は過去に、他にも似たような最低人間と関わってきたことがある。駐車中の車に接触し傷をつけた際に、お詫びと連絡先のメモを残すよう主張した同乗者を無視して何もせずその場を去ったヤツとか、飲食店のバイト店員が大学スポーツ選手であることを知ると、「アメフトで頭をぶつけすぎたんじゃないの」とバカにした輩とか。
こんなのと一時でも関わりがあったことは一生の恥であるが、彼らに共通していたのは、自分が超エリートであると信じて疑わなかったことだ。こういったとんでもない勘違い野郎のために、僕は「運よく刀を持っている時に遭遇したら首をはねる人間リスト」を作成した。
人格なき人間には、消えていただきたい(前編)
職業に貴賎なし、という言葉があるが、明らかに人格にはある。そんな人格がない人間が、僕は許せない。
無論、世には悪人など山ほどいる。しかし、シリアルキラーのような者はそもそも批判に晒されるので構っていない。僕が特別な嫌悪を感じるのは、人間としての最低限なモラルが欠けているくせに、のうのうと社会的な高い地位に居座っている野郎どもである。
その典型的な例が、あるできそこない弁護士だ。
鈴木直道~平凡な公務員からスタートを切った偉大な政治家(後編)
結局、鈴木知事は派遣職員として夕張市に2年2ヶ月いることになる。2011年の3月、帰京の際に黄色いハンカチを振る市役所職員と住民に「いってらっしゃい」と見送られ、泣きながら「体は戻ってくるか分からないですけど思いはずっとここにある」と語る鈴木知事の当時の姿は、たった数カ月後に市長になるために戻ってくることを考えると、感慨深い。
彼に市長選出馬の要請をしたのは、派遣されていた時に一緒にボランディア活動をしたコンビニの店長や土産物店の仲間たち。その時彼は、結婚を控えて家を購入したばかりの29歳。断る理由はいくらでもあったものの、自分の「やりたい」という気持ちに押されて、安定した都職員という地位を捨て、誰にも相談せずに、骨を埋める覚悟で出馬を決断した。
鈴木直道~平凡な公務員からスタートを切った偉大な政治家(前編)
ここに一枚の珍しい写真がある。
一番右に写っているのは、高橋はるみ、前北海道知事。そして彼女の隣にいるのは、鈴木直道、現北海道知事である。
時は2007年12月。当時、鈴木知事はまだ26歳の東京都職員。翌月から財政破綻した北海道夕張市に派遣されることが決まっており、この写真は事前に現地視察した際に撮ったものだ。まさか12年後に、自分が知事の後継者になるとは夢にも思っていなかっただろう。
将棋から考える人生のいろいろ(後編)
危ないのは刺激なき環境だけではない。僕は将棋で何度も油断大敵を痛感しており、それはこれからの人生において決して忘れてはならない教訓だと思っている。
将棋では時々、優位に進めていると思っていたのが、いつの間にか手の施しようがないほど劣勢になってしまっていることがある。振り返ればどの局面でどの手が悪かったのか分かるが、対局中は、危機感がないまま指していてふと気付いた頃には事は遅し、といった感じである。
将棋から考える人生のいろいろ(前編)
どうも僕は、人生を将棋にたとえるのが好きなようだ。将棋にハマればハマるほど、将棋が人生の縮図に思えてくる。
僕の人生論は「人生いろいろ、将棋もいろいろ」だ。
この3年間、僕はある仲間と100局以上の将棋を指してきたが、その彼との将棋が同じになったことが一度もない。最初の5−6手は毎回似たり寄ったりだが、いつもどこかで新たな分岐があり、経験したことのない将棋に展開していく。
人の人生も同じではないか。同時に生まれ、同様の環境で育った双子でも、徐々に異なる人生を歩んで行く。生まれながら似ている双子でさえ違う運命を辿るのだから、世界にいる70億人の人生の多様性は計り知れない。まさに、将棋も人生もいろいろである。
世界最古の米国憲法から日本が学べること(後編)
さらに、日本における憲法改正の議論が活発化する中、憲法とそれを解釈する裁判所から何を期待すべきか、という点についても米国から学べる。
憲法の役割に関して弁護士や憲法学者に聞けば、多くは国家権力を抑制し少数の権利を守ること、と答えるであろう。そして、その保護を実際に執行していくのは最終的には裁判所であるとも。
しかし、裁判所が「正しい」判断をするといった保証はない。時には暗い米国の憲法史がそれを示している。連邦最高裁は歴史上数々の悪名高き判決を下しており、その一つは南北戦争という内紛勃発のきっかけになり、もう一つは労働者保護の法律を無効にしている。
世界最古の米国憲法から日本が学べること(前編)
僕が米国憲法について語るとき、必ず最初に指摘するのが米国憲法の古さである。1788年に発効した米国憲法は、成文化された憲法としては世界で最も古い。
歴史の浅いアメリカなのにそんなはずはない、と考える人は多い。しかし、1788年の世界を振り返っていただきたい。その頃の日本は江戸幕府第11代将軍徳川家斉の時代。欧州は君主制。テレビどころか電気もない時代はだいぶ昔である。
たった70年の憲法史しかない日本が、230年もの歴史を誇る米国から学べることは少なくない。
子供を失う米国航空会社で飛ぶなら、スマホを失うくらいの覚悟が必要(後編)
困った彼は、手荷物受取所で、手当たり次第アメリカン航空の従業員を捕まえては状況を説明した。しかし、誰しもが「www.aa.comでクレームを提出するように」と言うだけで、取り付く島もない。結局スマホは回収できず、携帯なしの米国滞在一週間を強いられてしまう。
これを聞いた僕は、当初こそはなんとも気の毒な話と思ったが、最終的にはあまり同情の余地がないという結論に落ち着いた。そもそもJAL運航の東京〜シカゴ便があるのに、あえてアメリカン運航の便を選択したことが致命的な過ちである。アメリカン航空のビジネスクラスで飛ぶくらいなら、JALのエコノミークラスで飛ぶべきだった。
子供を失う米国航空会社で飛ぶなら、スマホを失うくらいの覚悟が必要(前編)
最近、ある人からアメリカン航空の東京〜米国シカゴ便における悲惨な体験話を聞いた。
この人はJAL派だったので、JAL経由でコードシェアパートナーであるアメリカン運航の便をビジネスクラスで予約した。(ちなみに、アメリカン航空とは、僕が昨年の映画3連チャン企画中に3度もプレミアムエコノミークラスの食事を見せられ、あまりにまずそうなので絶対に飛ぶまいと誓った航空会社である)
ジョーの人生の方式(後編)
ジョーの人生の方式(前編)
このブログの熱烈なファンならご存知のはずだが、僕はありとあらゆる趣味を持っている。
僕にとって大切なものをざっとリスト化すると、こんな感じか。
最近よく見かける、「得意な英語を聞かせたい」症候群(後編)
このように敬遠されがちな離陸後アナウンスの英語版だが、たまにやたらと英語を話したがるパイロットがいる。
一番わかり易かったのは、日本語より先に英語でアナウンスを始めたパイロット。最初は外人VIPでも乗せているのかと思ったが、その後、やれトイレに行った後は必ずシートベルトを締めるようにしてくださいやら、やれ気流がどう飛行時間に影響を及ぼしているやら、やれ飛行中の何時の何処あたりが景色の見どころやら、流暢な英語で長々と説明されるのを聞いて、なるほど、この人は英語を使ってかっこつけたいだけなのだな、と納得した。
最近よく見かける、「得意な英語を聞かせたい」症候群(前編)
最近、地下鉄に乗っていたら「おや」と思うことがあった。
車掌が英語でアナウンスを行なったのだ。
何より愛する睡眠を絶対に妨害しないでください(後編)
まだ新人だったある土曜日、当時の上司が朝7時から15分ごとにメールを送ってきたことがあった。僕からの回答がないことにしびれを切らしたのか10時半には電話までかけてきたが、そもそも携帯を寝室に置いていなかったので、僕がメールに返事をすることはなかった。
14時に起きた頃には上司の激怒したメールと留守番電話が複数待っていたが、これらもシカトしたら、ようやく僕のポリシーを理解したようである。その後、彼が僕の週末の朝を邪魔してくることは一切なかった。
こうして通常は無茶なことを言ってくる元上司でさえ僕のポリシーを学んだのだが、こんな簡単なことが未だに理解できていない非常識人間が僕の周りにはまだたくさんいる。
何より愛する睡眠を絶対に妨害しないでください(前編)
ゴールデンウィーク10連休中の目標を一言で挙げるとしたら、「睡眠」だ。
もっとも、これは通常の目標と変わらない。僕はありとあらゆる興味に明け暮れる毎日を過ごしているが、実は僕が食事よりも将棋よりもフライトシミュレーターよりも好きなのが睡眠である。
「2000円紙幣が使えなくなることを危惧している」〜2000円札博士ジョー氏の話(後編)
「2000円紙幣が使えなくなることを危惧している」〜2000円札博士ジョー氏の話(前編)
この度の紙幣刷新に伴って久しぶりに注目を浴びている2000円札について、時々新聞で見る「有識者の話」スタイルで書いてみました。
〈二千円札大学学長のジョー博士の話〉
2024年上期を目処に日本の紙幣が刷新されることが政府より発表されたが、やはりというべきか、2000円札は流通数が少ないという理由から刷新の対象に含まれていない。
これは日本国民としてとても危惧すべきことだと思う。
イチローの偉大さを振り返る
イチローが史上最高の日本人野球選手の一人として名を残すことは間違いないが、彼が松井秀喜、ダルビッシュ有や大谷翔平など他のメジャーリーガーと一緒に語られるのを聞くと、彼の本当の偉大さがまだまだ十分認識されていないのではないかと思ってしまうことがある。他の日本人メジャーリーガーには失礼ながら、誰一人としてイチローとは比較に及ばない。
イチローとはそれほど比類ない別格の存在なのだ。それはイチローが持っている数々のメジャーリーグの記録を見れば明らかである。
小学校中退の国際弁護士、偏差値78の高校入試に挑む〜採点の巻〜(後編)
このように採点していった教科の総合点は140点。ちなみに、合格者最低点は218点である。
結局合格ラインに64%しかたどり着けなかったわけで、開成高校が偏差値78であることを踏まえると、僕の偏差値は50といったところか。
こうして意外にも開成高校の入試に落ちてしまったわけであるが、このチャレンジを通じて僕は、自分について重要なことを多く学んだ。
小学校中退の国際弁護士、偏差値78の高校入試に挑む〜採点の巻〜(前編)
開成高校入試チャレンジ。一番合格しそうな2017年版を受けた後、残るは採点のみである。
正直、数学で自滅し英語で満点を逃したことで開成高校の入学は絶望的と思われるが、今まで潜んでいた科学の才能が急に芽を出す可能性も否定できない。
よって、とりあえず採点はしてみる。
小学校中退の国際弁護士、偏差値78の高校入試に挑む〜受験の巻〜(後編)
ところが、英語の最初の文章を読んでいるうちから、「?、やけに難しい文章だな」、「?、peripateticってどういう意味だ」と頻繁に危険信号が点りはじめる。
で実際に問題に取り掛かりはじめると、まずは「空所に入る適切な語を答えなさい」という問題で、そういえば僕は英語でも語彙が少ないんだったということを思い出し、その後の「日本語で答えなさい」という問題で、そういえば僕は日本語が弱いんだったということを思い出した。
英語のテストなのに日本語での回答が求められることの理不尽さに憤っていたら、回答用紙に空白が残ったまま時間が切れてしまった。
小学校中退の国際弁護士、偏差値78の高校入試に挑む〜受験の巻〜(前編)
開成高校入試チャレンジ。戦略を練った後受けることにしたは、一番合格しそうな2017年版である。
まずは、100点満点中30点を目標としている国語から。
最初の文章を読み始めると、なんと夕張市についてではないか。先日、経済破綻したことで有名なこの町が現在どう復帰の道を辿っているのかについての朝日新聞の記事を読んだばかりである。得意の政治、経済も絡んでくる内容だ。こんな問題、読解力などに頼らずとも解ける。
小学校中退の国際弁護士、偏差値78の高校入試に挑む〜戦略の巻〜(後編)
でも社会にすべての望みをかける必要はないのだ。何と言っても英語がある。
米国に長年住んでいた僕にとって、英語での満点は当たり前といえる。日本の英語の試験ではしばしば意味不明な記号「ə」が現れることがあるが、開成高校ともあろう学校が入試でひっかけ問題など出題しないと信じている。
よって、英語満点で理科0点を確実に挽回。
残るのは数学と国語。。。
まずは国語から。
中学時代に通っていた塾で模擬試験というものを毎月受けていたのだが、国語の点数はいつも概ね10点台だった。開成高校の入試では国語の平均点が50点から70点であることを鑑みると、さすがに10点台はまずい。
小学校中退の国際弁護士、偏差値78の高校入試に挑む〜戦略の巻〜(前編)
僕は西日暮里にある将棋バーというマニアックな場所に月2回通っている。
西日暮里といえば偏差値78の開成高等学校がある街。時々この超進学校に通っている学生を見かけることがある。
前々から日本での小学校中退という最終学歴を汚名返上するため高校受験したいと考えていたのだが、自分の日本語力と性格では無謀かと諦めていた。でも開成高校在学生を観察するようになってから、「こいつらには将棋で負けるかもしれないけど、米国証券法の知識では負けない気がする」と思うようになった。
よくよく考えてみれば、高校入試を受けるのは所詮は中学生。一方の僕は、合格率85%の司法試験に受かった米国法曹資格保有者。普通の中学生にできることが僕にできぬはずがない。
エリートになるため、読書ノルマ達成に邁進中(後編)
一旦理想な本を選んだら、あとはひたすら前進するのみである。
読書中、「この慣用句、意味がわからないな」とか、「この登場人物誰だっけ」とか、「どうしてこういう展開になったんだっけ」など、本を一刻も早く読み切ることの妨げになる思考は全て封印する。無になって読み続けなければ、ノルマの遅れは取り戻せない。
こういう風に僕は、常に読書のノルマを達成することに全力を注いでいる。
そしてその証が、読書済みの本がぎっしり詰まっている自慢の本棚なのだ。これこそまさにエリート読書家の本棚である。
エリートになるため、読書ノルマ達成に邁進中(前編)
2018年は「形になる成果」に拘った年でした
昨年はいくらあっても足らない「時間」についてばかり考えていたせいか、2018年はその限られた時間を最大限に活かして「形になる成果」をあげることが目標となりました。
私は昔から教師という職業に憧れており、ロースクール時代に主に米国憲法を勉強したことから、きっかけがあれば憲法を教えたい、と従来から考えていました。しかし、私の今までのキャリアは憲法とは全く無縁のもの。ロースクールで、それも日本にいて、米国憲法の教鞭を取るなどそう容易くいかないと思っていました。
営業を受けて知った、できる営業マンとできない営業マン
今まで何の話もしたことがないのに急になんだと思いながらも、お金の運用に関する話が大好きな僕はとりあえず付き合うことにした。
そこでまずは「どういうリスクがあるんですか」と質問してみた。利率が高いのはリスクが高いから、というのは投資のイロハだ。大して難しい質問をしたつもりはない。
ところが、これに対して営業マンは口を濁すだけで、もっぱら「利率がいいんです」を繰り返すだけであった。
同じ映画好きでも鑑賞習慣が大きく異なる日本人と米国人
もっとも、同じ映画好きの米国人と日本人でも、映画鑑賞の習慣は面白いほど異なる。
たとえば映画を観に行く時間帯。日本では週末の昼間に映画を鑑賞するのが普通だ。映画館は午前中から混雑しており、ピークは15時頃だろうか。僕もこの習慣に合わせて、近年は土曜か日曜の午後に映画を観た後、その足で夕食に行き映画の感想を語り合うことが多い。
自己破産した者の弁護士になる資格とは
たとえば、自己破産が弁護士への道の妨げになるとは普通は考えないだろう。
でも米国のミネソタ州では、司法試験に合格したにもかかわらず自己破産した過去が問題視されて弁護士になれなかった人物がいる。
米国コールセンターへの問い合わせは常にバトル
でもその前にまずは必ず戦闘モードに入る。具体的には、自分自身を意図的に不愉快な気持ちにさせ、喧嘩腰になるのだ。
そうでもしなければ、米国のカスタマーサポートなど乗り切れない。
2000円紙幣の製造復活に向けて、みんな立ち上がれ!
このブログの熱心な読者は、数年前から僕の財布の中には2000円札しかないことを知っていると思う。その頃の僕にとって、2000円札とはただただタクシー業界との戦いのための軍資金であった。
ところがある時、財務省の人の話を聞いてからタクシー業界などどうでもよくなってしまった。
漢字も将棋も人生も、痛い目に合わないと学ばない
日本の法律上、海外送金をする際にはマネーロンダリング対策のため送金の理由を銀行に説明する必要がある。この度の送金は昨年の米国滞在に伴う所得税を支払うためだった。よって送金の理由は「納税資金」だったのだが、さて、手渡された用紙に書き込んでいくうちに「送金理由」の欄で手が止まってしまった。「納」、「資」そして当然「金」の字は覚えていたのだが、「ゼイ」の字の部首がどうしても頭に浮かばなかったのだ。
性格克服し、将棋強くなる
つまり僕の将棋は攻撃一筋なのだ。
良い意味でも悪い意味でも。
殺人を犯した者の弁護士になる資格とは
その時は、なるほど、生命を救うべき立場になる人が他人に害を与えてはいけないな、と納得したのだが、その後これが弁護士だったらどうだろうか、と改めて考えてみた。
人間誰しも悪意がなくても過ちを犯してしまう。良いことと思ってやったことが裏目に出たり、うっかりミスが数億円の損害につながったりする。自動車運転においては、赤信号を無視してきた車に突っ込んで相手の運転手を死なせてしまったりする。
そういった過失責任がなさそうな場合でさえも日本では医者になれなくなってしまうのか定かではないが、米国弁護士について言えば、殺人を犯した者でも弁護士への道が閉ざされてしまうわけではない。
嫌味のひとつも言いたくなる、メガバンクの名称と見栄と派閥争い
名称を短縮させたかったのなら、削るべきは「UFJ」である。
そもそも、名門財閥である「三菱」を看板に掲げる国内最大手の銀行が、訳の分からない「UFJ」を従来から名称に含めていたこと自体がおかしいのだ。ある銀行員から聞いた話によると、「UFJ」の由来は、三和銀行、東海銀行、太陽信託銀行が2001年に経営統合した際、新銀行名を国際的にしたいという頭取の意向で「United Financial of Japan」の頭文字を取ったことによるらしい。国際的になりたかったわりには「United Financial of Japan」が文法的に間違っていることが滑稽だが、それにしても、頭文字を正式名称とするところにセンスが欠けている。そしてそのダサさを「東京銀行」の名称を犠牲にしてまで継承するというのだから、現在の三菱UFJ銀行の感覚も疑いたくなるものである。
もっとも、緑の銀行みたいに財閥が見栄にこだわるよりはマシかもしれない。
活かせてない長身が何よりの自慢
この187.5センチは僕が育った米国でも高い方だ。背の順に並んだ中学校の卒業式で、名前を呼ばれたのが最後から二番目だったのが今でも誇り高い。
「どうしたらそんなに背が高くなるのですか」とよく聞かれるが、僕の少年時代を参考に回答すると、次の三つが秘訣と思われる。
❶ よく寝る 〜 「寝る子はよく育つ」と言うが、このことわざはまさに僕に当てはまる
❷ よく食べる 〜 今でさえ部活帰りの高校生並みの食欲だが、昔はもっと食べたのだ
❸ 何も考えない 〜 空の頭は軽く、頭が軽いと物理学上、背が伸びやすくなる
これら鉄則を守り長年かけて培った身長が唯一他人に優越している取り柄なので、僕は常に他人の身長を意識しながら行動している。
米国に留学するなら、スポーツを判断材料に
優秀な彼はハーバードやコロンビアなどのアイビー・リーグの他、バンダービルトやバージニアなどの一流ロースクールにも受かっていた。しかし、僕が強い関心を示したのは彼が「ついでに」という感覚で受けていたミシガン大学のロースクールであった。
その理由は、ミシガン大学のスポーツチーム、Wolverinesだ。
僕が好きな米国スポーツ、その規模1兆円
米国はスポーツの国だ。
職場の同僚との雑談。タクシーの運ちゃんとの世間話。パーティでの会話のきっかけ。どんな場面でも男女共にスポーツの話で盛り上がる。
ケーブルテレビにはスポーツ専門のチャンネルが複数あり、アメフト試合の直前には次の試合で注目すべき選手を分析する番組が、直後には先の試合で勝負を決めたプレイを分析する番組が1時間ずつ組まれる。
インターネットではメジャースポーツごとに何人もの記者がニュースを追い、終日特ダネが速報される。大谷がエンジェルスに入団することを、僕は日本の新聞が報道する1時間半前に米国のスポーツサイトを通じて知った。
常にスポーツに囲まれるこの環境に戻って改めて思うのは、日本は一般的にスポーツ好きの国ではないな、ということである。
「時間」について考えさせられた2017年
6月と9月には、大学時代のルームメイトが立て続けに結婚しました。ルームメイト4人が揃ったのはほぼ大学時代以来のことでしたが、その頃と変わりなく彼らと接しながらつくづく感じたのは、真の友情とは時間を超越するのだな、ということです。
もっとも、「時間」の経過には抵抗できないことを今年改めて実感したのも事実です。数年前、ませた親族の子に「何とか時間が過ぎるのを遅くできないかな」と尋ねたら、「時間が過ぎるのが早いのは毎日が楽しみだからだよ」とちょっと生意気な返事が戻ってきたことがありました。彼に「今年は特に目紛るしかった」と愚痴をこぼしても、きっと、「毎日楽しくしすぎだよ」と冷ややかに返されるだけでしょう。
傘という恐怖
「米国では傘を差さないって本当ですか」
アメリカに関して特に知りたいことがこれ?と拍子抜けしてしまうほど意外な質問であるが、どうやら多くの日本人には、雨が降っていているのに傘を差さないという行為が、全くもって理解し難いものであるらしい。
実際、傘を差さないで雨の中を歩くニューヨーカーはよくいる。
なぜと聞かれても説明に困ってしまうのだが、自分の感覚から言わせてもらうと、僕は別に水に当たると溶けてしまう「オズの魔法使い」の悪い魔女ではないのだから、小雨程度なら、何もわざわざ傘を持ち歩いて荷物を増やさなくてもいいのではないか、と考えるのだ。
もっとも、僕の感覚がどれほど一般的な米国人の感覚と一致しているかは微妙である。なにせ僕には、少年時代から引きずっている傘に対する深刻なトラウマがあるのだ。
航空事故を生き延びるための三つの秘訣
趣味のきっかけとなったのはカナダのドキュメンタリー「メーデー!:航空機事故の真実と真相」。この番組が今年で17シーズン目を迎えることからも分かるとおり、航空事故が興味深いと考えるのは何も僕だけではないのだ。
僕の「メーデー」へのはまり用は異常で、購入した全シーズンDVDセットがオーストラリアリージョンに限定されていたため、このDVDを観るだけのためにリージョンフリーのDVDプレイヤーを入手している。
航空事故の話をすると特に出張の時など周囲に嫌がられるのだが、「メーデー!」から学んだ「飛行機事故を生き延びるための三つの秘訣」に関する話が実は僕がする無駄話の中で唯一ためになった話、と言われたことがあるので、是非ここで紹介したいと思う。
僕の徳川慶喜に関する葛藤
なんとも残念なことである。
徳川慶喜ほど過小評価されている日本史の人物はいないのではないだろうか。
僕の食欲は部活帰りの高校生並み
具体的にどれほど食べるかというと、例えばジョナサンでの夕食は、シーフードマリネサラダととうもろこしポタージュから始まり、ハンバーグのドリンクバーとライスセットを食べた後、デザートにフルーツパフェを注文する。
この通常コースは税込で3200円ぐらいなのだが、この前主食を和牛ステーキにしたら、4260円も払う羽目になってしまった。最低3000円、下手すれば4500円もするファミレスジョナサンでの夕食は、僕にとって月一回の贅沢である。
食べる量が普通の人と比べてだいぶ多いため、僕は他人と食事する際の「会食ルール」というものを設けている。
外国法事務弁護士という、日本の弁護士社会への裏口入学
外弁がどういった資格であるかというと、これは海外の弁護士資格を保有している者が日本で活動するための資格である。言い方を変えると、僕のような日本の司法試験には到底受からない者が、日本国内の日本人・日本企業向けに、大半の日本人・日本企業にとっては何の縁もない外国の法律に関する法的アドバイスを提供するための資格だ。当然のことながら需要はあまりない。
「海外の弁護士資格」というと聞こえはいいが、僕の場合、これは米国のニューヨーク州とニュージャージー州の弁護士資格を指す。はっきり言ってそれほど感激するほどのものではないのだ。
僕は(米国)大学生になるために生まれてきた
起床は11時。
服装はダボダボなポロシャツとカーゴパンツに野球の帽子。
食べることと遊ぶこと以外で期待されているのは、自分が興味を持っている課題のみの徹底追求。
評価基準は、どれほど自分の意見を口頭と文章で表現できるか。
ここまで読んでいただければお分かりのことかと思うが、これは日本の大学生生活の話ではない。
日常の三不思議〜ラーメン屋の混み具合、日比谷線の延長、そしてスカウトされない僕
一つ目が六本木にある「竹虎」という、ほぼ毎週日曜日に通っているラーメン屋の混み具合だ。
僕の日曜日の昼前後は週課みたいなもので、11時にしぶしぶ起床、12時に六本木でミサに参列、その後近所の「竹虎」で昼食、と決まっている。そういうことなので、「竹虎」に着く時刻はほぼいつも13時15分頃になる。
この時刻は昼にしては遅いこともあり店は大抵空いているのだが、7〜8週間に一度、すぐに座れない時がある。それも前に4〜5組待っているという(通常からしたらの)大混雑なのだ。
なぜ日曜日13時15分の六本木の「竹虎」では混む時と混まない時があるのか、そして混む時にはなぜ極端にも大混雑なのか。この奇妙な現象に気付いて4年近く経つが、余りに不思議すぎて未だに自説さえも立てられないでいる。
十五歳の僕への手紙
この手紙を読んでいる君は、今どこで何をしているのだろう。
たぶん宿題に追われ、塾に通い、限られた残りの時間はテニスでもしているのだろう。
でも今の自分だから言えることがある。
十五の君がしなければいけないのは、学校や塾が中心の毎日を生きることだけではない、と。
良くも悪くも、楽しめる映画は記憶に残る映画
それは、ほとんどの映画は平凡、ということだ。
これは必ずしも悪いことではない。
教師にあらずんば「先生」にあらず
僕は「先生」の使い方は二種類あると思っている。
ひとつ目が「教える人」に対して使う場合だ。
実は僕は(ほぼいつも)落ち着いている
少なくとも周囲にはそう思われている。
それがどでかい声のせいなのか、大げさな身振り手振りのせいなのか分からないが、最近になってやっと、僕の実際の情動状態と他人が受ける印象にギャップがあることを自覚し始めた。
このギャップの背景には性格があるようだ。僕は性格的に何に関しても意見を持ち、その意見を面白おかしく皮肉的に語るのが好きなだけなのだが、他人からは、僕は極端な意見を持っている上に自分とは異なる意見を一笑に付しているように見えるらしい。そのせいか、述べる意見が強ければ強いほど、話している時に興奮していると思われやすい。
2016年は「Change」の年でした
今年の5月、私は7年半勤めた法律事務所を辞め、アマゾンジャパンに転職しました。法律事務所からIT企業法務部への移籍。そしてそれに伴う引越し。これらにより、私の日常生活と生活のリズムは大きく改善されました。また、10月には祖母が92歳で亡くなり親族を一人失った一方で、まだ米国に住んでいた母と妹がこの度帰国することとなり、近くに住む家族が二人増えます。
色々あった一年をこうして振り返ることで頭に浮かぶのは、「All good things must come to an end」という英語の表現です。これは「すべてのいいことには終わりがある」という意味ですが、今年は「終わり」と「その後に来るもの」をたくさん経験し、多くを学びました。
なぜトランプ?そして米国民主主義に対する信頼
トランプ氏は、「日本は核武装すべきだ」とか、「メキシコ人はレイプ犯だ」とか、「イスラム教徒の移住は全面的に禁止すべきだ」などの問題発言を、大統領選を通して繰り返してきた。
そのような人物がなぜ大統領に選ばれるのか、という問いに対する簡単な答えはない。ただ、ひとつ言えるのは、トランプ氏の当選は米国という国の複雑さの表れであるということ。
祖母が亡くなって思うこと、それは生きることへのこだわり
祖母は数年前に認知症を患ってから徐々に記憶が薄れ、最後には僕が誰であるのか分かっていなかったと思う。
1年前に骨折した後には、手術とリハビリを経て歩ける程度には回復したものの、精神的には急激に衰退したのが明確だった。
数ヶ月前には食事を摂らなくなり、点滴に頼るようになってからはベッドを出ることが少なくなった。
そして最後の数週間は寝てばかりだった。
そこまで祖母が弱ってしまい、終わりが近くなっているのが明らかになっても、僕は最後の最後まで「92年の人生、幸せだったね」とは言えなかった。常に、「もう少し頑張って」と思っていた。
祖母を見届けて思うのは、「人間、生きていなければ意味がない」ということだ。
人生、ノリと勢いだ
そもそも僕は転職する気が余りなかった。1年前まで一緒に仕事をしていた元同僚に、「うちの面接を受けるぐらいはしていいじゃないか」と乗せられ、その後内定を貰えたもののそれなりに満足していた現職を離れることが想像できず、最終的には話を断るつもりであった。しかし、僕のツボを知り尽くしているこの元同僚は会社と職場と仕事の内容を魅力的に説明することに実に長けていて、意志の弱い僕はたった一度の夕食で説得されてしまった。
めざせ、高校中退
この目標、結構ハードルが高い。何せ、高校受験をする必要があるのだ。
新たな一歩
振り返ってみれば、つくづく恵まれた7年半でした。
優秀な人に必要なもの。それは才能、機会、環境そして性格
まずは才能。
もちろん、「ウサギとカメ」の話にあるように、努力をしなければどんな才能も無駄になる。でも、果たして努力さえすれば優秀になれるかというと、野球やピアノ、そして将棋や囲碁のような世界を見れば違うことが明らかだ。これらの世界では、プロやプロを目指している人それぞれが最大限の努力を尽くしているにもかかわらず、プロになれる人となれない人が出てくるし、プロの中でさえもイチローのような半世紀に一人の天才と各チームにいる控えの選手のような差がある。
なんとなく分かってきた、日本の集団主義
数年前に流行った「KY」という表現。「空気」のような曖昧なものを読めと言われても米国人は困ってしまうと思う反面、KYほど日本人の集団主義を上手く示している表現はないと思う。
例えば選択肢を与えられた場合、日本人は必ず周囲がどんな選択をするのかを気を留めて、周りに合わせようとする。それも典型的な日本人にとって、この行為は決して自分の主張を引っ込めていることではないらしい。日本人は子供の頃から周りに合わせることを学んでいるので、周囲と同じ選択をすることが我慢でも苦でもなく、自然に自分の主張にもなるようだ。
魚として生まれ変わるのなら、マンボウになりたい
断っておくが、これは決してマンボウになりたい、という願望ではない。あくまでも、死後、神に会い、その神にユーモアがあって、「地球に戻りたいのであれば魚として戻してあげよう」と言ってもらえた際の答えを準備しているだけだ。
僕とマンボウの初めての出会いは、小学生の時に行った鴨川シーワールドでだった。内側がビニールシートで覆われた水槽の中、下からゆっくりと浮上して視界に入ってきたこんなマンボウはとにかく衝撃的だった。
我が哲学、「人生いろいろ」
人生を語れる年齢か、と年配の人には叱られそうだが、そう長く生きてきた訳ではないものの、今までそれなりにそこそこの経験をしてきた。
日本で生まれ、米国で育ち、地元の公立校にもキリスト教系の私立校にも通った。大学では理数系と文系の分野をかじったし、社会人としては公務員としてスタートを切った。少なくとも一般的とは言えない経歴であろうと自負している。
様々な環境にいたことによって、生まれや育ち、学歴や職業、性格や特技が大きく異なる人々に出会ってきた。その他、人の趣味や個性も考慮すると、僕は多種多様な人に囲まれていて、それが最近「人の生き方ってこうも違うものなのか」ということを認識することにつながった。そして、そんな認識を持つようになり、毎日がたまらなく楽しくなってきた。
いじめられたら、強くなれ。強くなれなかったら、逃げ出せ
もっとも、社会的に見ればいじめの問題は深刻であれども、個別的に見ればすでに起こっているいじめをやめさせる有効的で極めて単純な解決策がある。過激的だが、それはいじめている者をもっと強い者がいじめることだ。いくらきれいごとを並べても、加害者がいじめを起こすのは、結局は被害者の辛さが分からないからだ。他人への共感や思いやり等の情緒的発達が不十分な子供たちに「いじめられる身にもなってみなさい」と説教しても大した効果は期待できず、子供にいじめられる身を分からせるためには、被害者の体験を実際に経験させるしかない。
もちろん、教育上、いじめを起こしている子供を大人がいじめることなどできるはずもなく、だからこそいじめ問題には簡単な解決がない。
加害者に対する有効的な対策が難しいのであれば、被害者を少なくするしかない。
そのための提案が僕には二つある。
与えられるのに取れない、甚だおかしい日本企業の有給休暇
その一つが有給休暇に対する考え。
僕は毎年有給休暇を使い切るが、日本企業に勤める友人の大半は年々数日の休暇を取る程度で、有給休暇をすべて消化することはまずないらしい。これは有給を取りたくないので取らないのではなく、職場の環境が有給を取らせてくれる雰囲気ではない、というのが大体の理由だ。
こういう話を聞くと僕は、「有給とは与えられた権利であり、それを行使することに関して引け目を感じる必要もなければとやかく言われる筋合いもない」と主張したくなるのだが、このように個人の権利を軸とした米国的な考えは日本人には馴染まないのだろう。
それでも、と思う。協調性を重視する日本人の心が「有給を取ることは不在中に同僚に迷惑をかけることになる」という考え方に繋がるのは理解できるが、だからと言って「だから誰も有給を取らない」という結論になることは甚だおかしい。
送りバントもやめよう
NHKで放送されていた試合を観ていたら、またしても「高校野球にやめてほしいこと」について書きたくなった。昨年に続くこの第二弾で取り上げるのは送りバント。
僕は送りバントが嫌いだ。
ボストンの冬に慣れると、どうも東京の冬は物足りなくなります
秋は楽しみ色々の季節です
例えば「食欲の秋」。食べることが生き甲斐の私にとっても食欲が失せる夏が終わって秋が訪れるのは大変喜ばしいことです。それもただ食欲が回復するだけでなく、食欲を注ぐ食べ物がたくさん出てくるのが秋です。松茸の炊き込みご飯やふぐちり鍋。秋にしか食べられない多数の食べ物を想像しただけで幸せな気分になってしまいます。
ただ食べるだけでは豚になってしまい健康に悪いですので、(運動会とかで)ちゃんと運動すべきが「スポーツの秋」。もっとも、 運動して疲れることが真っ平御免でそもそも運動神経が全くない私にとって、秋とはもっぱらスポーツを観る季節であるので、あまり「スポーツの秋」は食べ過ぎの対策にはなっていないような気がします。
自己主張ができる日本社会へ
現代日本のいわゆる「ボッチ」現象の延長線上にあると言えるこの「便所メシ」。これが、数年後には真っ当な社会人になっていなければならない年齢層が集まっている大学という場所で起こっているというのだから、「ボッチ」現象は極めて深刻である。
他人の目を異常なまでに気にする社会現象には自分に対して自信を持てない人があるのだろう。そしてその自信のなさは、自己主張が苦手な日本人社会に直接関連しているように思う。
納得できない「給料をもらっているんだから当たり前」という理屈
最も耐え難い例は、仕事に関して愚痴っぽいことを言うと、「給料をもらっているのだから、仕事をして当たり前でしょう」と返されること。
こんな発言をする上司がいる職場自体が信じられないが、この発言に対して「仕事だから確かに仕方がないよね」と納得してしまう多くの日本人の感覚も僕は到底理解できない。
やめましょう、一塁へのスライドは
ある平凡な日曜日
ここで 「朝」について解釈。「朝」とは、僕にとってその日が始まる時を指しているが、週末・祭日の僕の一日は大抵午後12時半頃に始まるので、一般に受け入れられている定義(すなわち「=午前中」)とは大分意味が異なる。
ここで「始まる」について補足。土曜日・祭日・ダラダラしている日曜日の場合、目が覚めてからベッドから出るまで1〜2時間かかるので、「その日が始まる時」とは、あくまでも目が覚める時間を指す。
徐々に嫌悪が増していく夏は、最悪な季節です
1. 春から夏の節目
私は春が嫌いですが、それは、「春は最も嫌いな夏に徐々に近づいていく季節だから」という、余り春の本質とは関係のない非論理的な理由によります。
つまり私は、気温が最適で、春風の涼しさを肌で感じながら半袖で生活できるようになる春の気候が、必ずしも嫌いではありません。
しかし、東京ではこの春の期間が余りにも短すぎます。「今日は気持ちがいい」と思える日など、大抵は2〜3週間、長くても1ヶ月ぐらいしか続きません。あっという間に蒸し暑さを感じさせる日々が訪れます。
春から夏の節目は、「とうとう夏が来てしまったんだ」という絶望感であふれる時期です。
威張る人間、嫌な人間
最近昔以上に、威張っている人に対して嫌悪を感じるようになった。米国にもそれなりに威張りくさっている人間はいるが、日本の方が肩書きや学歴などを盾に横柄に振る舞うレベルの低い人物が多いようだ。
そんな事は様々な人に出会う機会がある選挙運動を通じてよく感じる。
私は春が嫌いでございます
私は大好きな冬と大っ嫌いな夏のハザマにあるこの春と言う季節が四季の中で最も嫌いでございます。
無口でクール、そんな風に思われたい
最近僕の周囲の人にこんなアンケートをとってみた。
最初に返ってきた答えは「鬱陶しい」。「Annoying」と英語で続けたのは、実は日本人。そして「KY」と日本語の表現を選んだのはアメリカ人。
つまり僕はうるさいらしい。
振り返って情けない、僕の教育
見つけたもので最も古かったのは、中学生の時、塾の数学の授業で取っていたノート。適当にめくったページには数字が縦と横に並んでいた。何らかの計算だろうとは思ったが、引き算なのか割り算なのかもよく分からなかった。大して難しくない筈の中学レベルの数学さえ理解できなくなってしまったことにショックは受けたが、最近職場で「8引く5は4だからね」と自信満々に小学一年生レベルの算数を間違えて唖然とした目で見られたばかりだったので、二次関数の因数分解(であることをいずれ思い出した)の計算が見分けられないのは、実は今更びっくりするほどの事でもない。
「風立ちぬ」は宮崎駿の稀に見る失敗作
宮崎駿監督の最新アニメ作「風立ちぬ」(2013年)は、零戦設計者として有名である堀越二郎の半生が主題。子供の頃パイロットになることが夢だった堀越は、近視だったためその夢を叶えることは不可能であることを悟り、飛行機設計者という違う方法で飛行機の世界と携わっていく道を選ぶ。そのため学問に励み、その後東京の大学で勉強する事になる。
大学入学のため汽車に乗り東京に向かう途中、関東大震災が起こる。脱線した汽車により怪我を負ったある少女の女中を担ぎ、少女の家まで付き添うが、少女の名前は聞かず、そして彼も名前を残さず大学へと向かう。
その後大学を卒業した堀越は、飛行機製造会社に就職し、名古屋に配属される。優秀な設計者として迎えられた彼だが、彼が最初に設計した飛行機は空中分解してしまう。上司により欧米の発展した技術を学ぶよう薦められた彼は、同僚とともに高度な飛行機技術を学びに外国へ送られる。こうして技術を磨いた堀越は日本に戻り次第新しい戦闘機の設計を任せられるが、新しく設計した飛行機も試験飛行で墜落してしまう。
またもや失敗してしまった堀越は、長期休暇を貰い軽井沢へと向かう。そこで何年も前の大震災の際に助けた少女、菜穂子と再会し恋に落ちるものの、菜穂子は結核を患っていた。菜穂子とは限られた時間しかのこされていない中、堀越は戦闘機の設計成功のために執念を燃やすようになる。
宮崎駿は「風立ちぬ」をとおして、多分、結核に患われていた妻に支えられた偉大な飛行機設計士の物語を語ろうとしたのであろう。「多分」と付け加えたのは前半では二郎は少年からの夢を追って飛行機の設計士になり、上司や同僚や囲まれて成長していくのに対し、後半からは突如として菜穂子との関係のみがクローズアップされるからだ。このように中盤で、堀越と飛行機中心の話から堀越と菜穂子中心の話へと大きな方向転換を行ない、軌道修正できない所が「風立ちぬ」の最大の欠点である。
小6の漢字能力では読めぬ名前・地名
発端は後輩の発言。ある日僕がカレンダーに書いてあった「挑戦」という言葉を、「モモノタタカイ」、すなわち「モモタロウ」と読んで以来僕の国語力に疑念を抱き始めたらしい彼は、しばしば僕の漢字の抜き打ちテストをするようになった。この前も「割愛」の読み方を聞かれたので、素直に「ワリアイ」と読んだら、「やっぱり」と諦めの表情で納得されてしまった。「普通の小6だったらそう読むでしょう」と言い訳をしたら、「ジョーさんは社会人になったんだから.....」と、もう少し漢字のレベルを上げるよう促された。
「変ジャパ」とさえ認めてもらえない僕
外人・帰国子女が多いICUでは、「純ジャパ」、「半ジャパ」、「変ジャパ」、「ノンジャパ」と学生を区別していたらしい。彼女に説明してもらったところ、「純ジャパ」は日本生まれで日本育ちの「純粋」な日本人。「半ジャパ」は言葉どおり親の片方が日本人であるハーフ。「変ジャパ」は日本生まれだけれども外国生活が長くて普通の日本人からしたら「変」になってしまった日本人。「ノンジャパ」はただの外人。
さてこの中で僕はどれに当てはまるのか、という話になったら、「ノンジャパ」と結論付けされてしまった。
つまり僕は変な日本人にさえも見えない、らしい。
瀬田博之さんへの追悼
瀬田さんは僕の少年時代からの友人の大学の先輩であり、その友人を通して彼を知った。たったの二ヶ月前のことである。
とても短い間の付き合いだったのに、亡くなってもなお僕は瀬田さんを身近に感じる。それは我々の性格がとても似ていたこともあるだろうが、何よりも彼の明るい人柄が理由なのだろうと思う。
僕の友人は僕と瀬田さんの気が合いそうだと以前から考えていて、我々を紹介する機会を探っていたようだ。実際会ってみると瀬田さんは、バットマン最新作「ダークナイトライジング」で悪人だったベインのモノマネを同僚の前でして楽しむようなひょうきんな人で、初対面から好感と共感が持てた。
その反面、彼にはとても真面目な面もあった。保険関係の仕事をしていた彼は、ちょうど保険に関して情報を探していた僕にとって渡りに舟。この数週間、度々会ってもらっては日本の保険制度の話など、なかなか聞く機会がない話を聞かせてもらった。特殊な保険を探していた僕のために、同僚に尋ね回ってなんとか見つけた商品を、改めて面談までして紹介してくれるまめな人だった。最初に相談に乗ってもらったとき、近くのコーヒーショップが何処にあるのかをきちんと調べていた、そんな彼の姿が忘れられない。
「桐島、部活やめるってよ」はいまいち物足りない
僕の友達に、米国作家であるアプトン・シンクレアが書いた「ジャングル」という本を基に脚本を書いた者がいる。原作は英語で300ページという長さであるため読んだ事がないのものの、以前にもこの友人の脚本を読んだ事がある僕は、最新の作品の感想を聞かれた。「前作と比べると大分上達したな」とそれなりに誉めたのだが、「多少登場人物が多すぎる」と付け加えたら、「これでもだいぶ原作から削ったんだよ」と苦笑いしながら返された。原作と比べて映画版はいつも劣るな、と考えていた僕に、本はそう簡単に映画化できない事を僕の友人はこの時教えてくれた。「桐島、部活やめるってよ」を観ながら改めてその事実を思い出した。
「桐島」は、ある高校のバレー部のキャプテンである桐島が部活を辞めた事によって始まる。原作と同様、映画に桐島は現れない。代わりに、桐島の退部がもたらした波紋をバレー部の補欠の風助(太賀)、プレスバンド部の佐和島亜矢(大後寿々花)、映画部の前田涼也(神木隆之介)、ソフト部の宮部実果(清水くるみ)、野球部の幽霊部員である菊池宏樹(東出昌大)の5人を中心に語る、というのが設定となっている。
最新の「海猿」は単純さがいい
くさい台詞を吐く主人公中心のありふれた感動物語が大金をつぎ込んだ大規模なアクションを通じて語られる。そんな何にも考えないで楽しめる単純な映画を、特に夏には観たくなる。「海猿」シリーズの4作目となる「BRAVE HEARTS 海猿」は、2作目と同様に、そんな欲求を満たしてくれる映画である。
構想はいたって簡単。海上保安官である仙崎大輔 (伊藤英明)と以前からバディーである吉岡哲也(佐藤隆太)は、通常の海上保安官が出動できない現場を任せられる特殊救難隊に所属する。彼らの直属上司は嶋一彦 (伊原剛志)。命を救うことを何より優先し、どんな場合でも奇跡を信じて諦めない心を持っている仙崎は、現場では冷静な判断力が最も重要であると考える嶋とは意見が合わない。そんなある日、吉岡がプロポーズして断られた元彼女である矢部美香(仲里依紗)がキャビンアシスタントとして乗っている羽田行きの飛行機がエンジンと機体に大幅なダメージを受けるという危機に晒されてしまう。海上保安庁警備救難部救難課長である下川嵓(時任三郎)が危機管理のため羽田空港に駆けつけるが、状況を鑑みて飛行機の羽田への着陸は不可能と判断。乗客と従業員全員を救う方法は東京湾への着水方法しかないと決断する。薄暗くなる中での着水、そして着水後の即効の救出には海上保安が欠かせなくなり、仙崎、嶋、そして矢部が飛行機に乗っていることを知っている吉岡が出動する。
「海猿」は単純な映画だが、このような映画の製作は簡単なようで意外と難しい。単純な映画とはいえども構想は肝心で、関心を削ぐようなストーリーはいくらアクションシーンが良くても、観客は冷めてしまう。「海猿」はそこら辺のコツをしっかりつかんでいる。この映画の空と海での危機を中心とした構想はスケールが大きい。飛行機に不具合が起こった時点から映画はテンポが上がり、ハラハラする場面が中断されることなく続く。海で活動する海上保安官の話なのに空を飛ぶ飛行機を中心とする設定は如何なものかと観る前は半信半疑だったのだが、空と海の場面がバランスよく組み合わせられており、全く違和感を感じない。前作「THE LAST MESSAGE 海猿」の石油プラットフォームでの設定は今ひとつしっくりこなかったのだが、「BRAVE HEARTS 海猿」では空という海とは全く関係の無い場面を導入したことで反対に成果を出している。
僕の芸は口
まあ、どんなことわざも多少修正すればどんな人物でも状況でもピッタリ表現できる。例えば「花より団子」。これは芸術がさっぱり分からない他、いつ世界が破滅するか分からないと言う理由で、どの食事も最後の食事との前提で大食いする僕にぴったりそうだが、実はちょっと不完成。毎日の二度の食事も大切だが、何よりカジノが生き甲斐であるため、僕は「花より団子、より博打」と、ジョー流のことわざを使っている。
「多芸は無芸」もちょっと合わない。「多芸」とは多くの「芸」に通じている事を指すが、僕は「多芸」であると褒められたことなどない。反対にどうでもいいことばかり話している、している、考えている、と毎日のように皮肉られている。僕にとってジェームス・ボンドに関する知識、小説の読書、映画の観賞、漫画の乱読、家系図の作成、飲食、博打、パズル、将棋、ブログの投稿等々はとても重要なのだが、他人にとってはどれもためになる「芸」ではなく、「趣味」ですらない、ただの「無駄」らしい。
僕は闘う、タクシー業界と~僕が二千円札を持ち歩くようになったきっかけ
イザコザの発端は料金の支払い方法。米国ではカード使用が浸透していることもあって、僕は原則として10ドル以上の買い物はカードで済ませていた。朝食代わりのオレンジジュースの1ドルもカードに付ける程だったので、オフィスからアパートまで10分のタクシー料金12ドルも当然のようにカードで支払っていた。ニューヨークのタクシーは運転手にカードを渡さず自分で機械にカードを通せば良かったので、なおさらカードが使いやすかった。
日本に来てもニューヨークからのカード生活の習慣がなかなか抜けない。東京のタクシーは初乗りが710円である為、タクシーに乗車した時点で既に「カード金額」である10ドルを超えつつある。しかし、さすがに1000円未満でカードを使うのには気が引けるし、わざわざ運転手にでかい機械を取り出させてカードを使うのには時間かかり面倒である為、1200円ぐらいをカード使用金額の目安にしていた。
下手な筆跡
もちろん今になって始まった事ではない。米国での小学時代はなにもかもに成績が付けられたが、算数以外はどれも平均並だったため、良くも悪くも目立たなかった。だからこそ小4の時の筆跡の成績だけは忘れられない。AからD、そしてFとある成績段階のうち失格寸前のDだったのだ。
その時は大分プライドが傷つけられたが、他人に言われてあまり納得できない事も自分で経験をするとすんなり受け入れられるのはよくある事だ。僕の筆跡に関しては正にそうで、中学生時代に勉強をするふり、高校時代に勉強ができるふりをするようになって、徐々に自分自身の筆跡に悩まされるようになった。何しろ自分で書いた字が読めないのだ。
分かる、読める、書ける、しゃべれる
「分かる」にはあまり苦労しない。日常生活の会話でぱっと理解できずに聞き流してしまうことが割と多いのに気がついたが、生活に支障は無い。日本で生まれ、家庭で日本語を使い、中学、高校と塾に通い、大学以降毎日日本の新聞を読んでいたのだから、これぐらいは感激するほどのことでもないと言われれば確かにそうだ。ただ自慢ではないが、趣味が政治、職業が弁護士、そして仕事の分野が経済関係なので、結構レベルの高い日本語が理解できていると思う。
後押ししているのが読書。最近はほとんど日本語の小説しか読んでいない。この三年間、日本語の本は100冊近く読んだろうが、英語の本は片手に数えられるくらいである。これは皮肉にも苦手な漢字に感謝するべきことなのだ。漢字のおかげで日本語は「見る」だけで意味がだいぶ分かるので、小説などすらすらと読める。英語は一言一言「読んで」いかなければならないので、最後に読んだ400ページ以上あるブッシュ前大統領の自伝を読み終わるのに2週間近くかかった。時間が貴重な身なので、読み物の「質」など結構どうでもよく、「量」が優先される。まるで絵本並みに「見る」だけで進める日本語の小説はそういう意味でとても魅力的。
「読める」あたりから僕の日本語のぼろが出る。「読める」ほうが「分かる」より困難という点は英語と大きく異なる。どちらかと言うと英語は逆で、ある程度発音のパターンを知っていれば大半の英語の言葉は「読める」。しかし、言葉や文章の意味はだいたい実際に意味を知っていなければ分からない。余談だが、高校時代に英語の語彙の少なさに悩んで相談した進路指導教員に、ラテン語のルーツを覚えることを提案された。なぜ英語でさえ習得し切れていないのに消滅した言語を学ばなければならないのか。この人は何も分かっていないなと思った。
新たな歩みだし、東京で
寝耳に水、と思われるかもしれません。実際、転勤を要請したのが二週間前で承諾されたのがその翌日。確かに急です。
アメリカに引っ越したのが8歳の時。最初は5年と言われていたのが、いつしかこんなに月日が経ってしまいました。その間、米国の高校を卒業し、米国の大学へ進学し、ロースクールまで卒業。地元の判事の元で法務書記として1年経験を積んだのち、ニューヨークの企業法律事務所に入社。アメリカの弁護士としてはある程度普通の道です。
そんな私の人生ですが、そろそろ大きく違うことをしたい、新しい挑戦が欲しい、とちょっと前から考えるようになりました。
救えない人、救われたくない人
確かに僕は人を手伝うのが好きだ。助けられたくない人にとってはありがた迷惑だと思われるかもしれないが、迷惑かけない事自体が助けになるので、そういう人は放っておく。
最近少し成長したな、感じるようになったのは、世の中には救えない人と救われたいと助けを求めているのにもかかわらず救われたくない人が存在するのに気付き、そういう人を放っておくのを学んだ事。
方向音痴を説明すると
方向音痴の無力さとは、方向音痴の仲間にしか分からないと思う。
まず、常に自分が何処にいるのかを把握するのに苦労する。良い例が地下鉄の駅から地上に出た時。ニューヨークでは道に数字がついているから自分の居場所など簡単にわかる筈だ、と思われるかもしれないが、とんでもない。通常僕は地上に出た時点で一体どの方向を向いてどっちに進めばいいのか迷う。時間かけて考えても分からないため、最近はとにかく適当な方向に向けて歩き、間違っていることに気付いたら引き返す、と言う手段を選んでる。この方が変に迷って時間を費やすよりはるかに効率がいい。
慶喜への憧れは情のもろさから
友人にはこれは取り柄だと言われる。僕も友人には思いやりや忠誠心を望むだけに、なぜそう言われるのか存分に分かる。
しかし論理を重んじる弁護士と白黒をはっきりさせるのを好む正義感が、自らの情のもろさに違和感を感じることがある。家族か友人が僕へ手を差し伸べたとき、論理的に考え、正義に基づいて出した結論が情に反するなら、迷った挙句に情を選ぶであろう自分に弱さを感じる。正しい道が分かっているのに進めない自分に。
徳川慶喜は違った。幼年時代から徳川家康の再来とまで称されるほど利発であった慶喜は、論理を基に常に動ける強い人でもあった。彼は論理に筋を通すためなら何でも犠牲にし、誰に対してでも非情になれた。江戸幕府という政体はもう続かぬと悟るや、渋々引き受けた将軍職を捨て、迷わずに自ら江戸幕府260年の歴史に終止符を打った。旧幕臣が徳川家のため、ひいては慶喜の為に立ち上がるや、欧米国だけに利を与える負け戦をするほどおろかではない彼はさっさと逃げた。人一倍に忠義心が強かった松平容保を見捨て、恭順を通した。それが清国の二の舞にならぬための日本の未来に欠かせないと分かっていたから。
東大卒の先輩。人生いろいろ
形式上2008年入社である僕は未だに最も後輩なのだが、9月に数人の交換弁護士が海外の法律事務所から派遣されたため、やっと僕よりも未経験な人と働くようになり、知ったかぶりできるようになった。
派遣された弁護士に日本人が二人もいる。資本市場部には日本人が僕しかいないので、自然と僕が(英語で)指導するようになっている。
まずいざるそば、どうでもいいドイツ料理
それでも「花より団子」である僕は、ある程度ましな食事さえ食べられれば、結構オフィス生活も我慢できる。
ところが、ニューヨークの出前はまずい。
納得しがたい、逆転無罪判決。
5人が審理し、3対2という小差だった。全員が意見を述べるという稀な判例で、割と短く簡潔で、僕でも分かる日本語を使っているので、興味のある人は全文読める。
判例をざっと要旨すれば、公訴によると被告人は満員の電車の中、乗客であった17歳の女性に悪質なわいせつ行為をした。被告人は一貫して犯行を否認。物的証拠もないことから、公訴事実を基礎付ける証拠は女性の供述しかない。最高裁は女性の供述の不自然さ、不合理さを指摘し、信用性に疑いを投げかけ、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があったという理由で原判決を破棄している。
言うまでもなく、「疑わしきは被告人の利益に」は刑事裁判の原則であり、それを最も反映しているのが有罪判断に必要とされる証明基準、「合理的な疑いを超えた証明」である。主文、補足、反対意見すべてこれは問題視していない。