人生で重要なのは、根拠のない自信と純粋な関心(前編)

僕はからっきり国語がダメだ。

どれほどできないかは最近灘中学校開成高等学校の受験に失敗したことで立証済みだが、これはなにも最近始まった話ではない。

まだ米国に住んでいた中学生時代、あまりに勉強しない僕を見かねた両親の計らいにより、僕は週2〜3回塾に通うことになった。

この塾では毎月、国語、数学、英語の学力テストが実施されたのだが、三科目すべて芳しくなかった結果の中でも、特に悲惨だったのが国語だ。100点満点中概ね13点から16点で、10数人いた同級生の中でいつも最下位。6年間、僕は一度もその特等席から浮上できなかった。

日本語がダメでも英語ができた、というわけでもない。

米国の大学に志願するためには、通常、SATと呼ばれる全国標準試験を受ける必要があるが、この試験の科目のうち、日本の「国語」に相当する「Verbal」は僕にとって苦痛以外のなにものでもなかった。特に語彙を勉強するにあたっては、意味が分からない数百個の英語の単語が連ねられている参考書を眺めては、もっぱら「焼け石に水」という日本語が頭を過ぎっていた。

最近、この話をSAT Verbalで満点を取ったという嫌味な高校時代の同級生にしたら、「ジョー、お前、僕の話をちゃんと理解できてないんじゃないんか」といじられてしまった。

僕の英語力はそれほどイケてないのである。

しかし、人生とは面白いもので、国語力も英語力もなくても、文系能力が求められるはずの法律家になれてしまうのだ。

秘訣は、根拠のない自信と純粋な関心を持つことだ。

後編に続く)

 
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