「飛行機事故検証マニア」として、羽田空港衝突事故について思うこと

飛行機事故検証マニア」として、羽田の滑走路衝突事故に関して思うことを書いてみることにした。なお、これを機会に、以前書いた「航空事故を生き延びるための三つの秘訣」にもぜひ目を通していただきたい。

この事故については、多くの人が「なぜ起こったのか」という点に最も関心を持っている。事故の原因については過去の類似した事故が参考になると思えるので、過去にあった主な滑走路衝突事故と原因を最後にまとめてみた。

本文では、あえて他ではあまり強調されていない次の2点について語りたいと思う。

  1. この事故では、旅客機の方で1人も死者が出なかったという「成功」があったこと
  2. 今後の防止策として謳われている自動化は、有力な手段だが限界があること

1. 死者が出なかったことは「成功」

今回の事故でJAL便では1人も死者が出なかったことは「奇跡」だと報道されている。もちろん運が良かったことは否定できないが、決してこれを「偶然」で片付けてはならない。

過去には、ブリティッシュ・エアツアーズ28M便のように、不時着した時点で生きていた乗客が脱出できずに窒息死してしまった事故が数多くある。こういった事故においては、「なぜ事故が起きたのか」に加えて「なぜ死者が出たのか」まで徹底的に調べられ、その教訓が現在の飛行機の設計で活かされているからこそ、今回のような「奇跡」が起こり得る。たとえば

  • どの飛行機も片側の出口から90秒以内に全員が脱出できるように設計されている〜今回の事故でJALの業務員が「90秒以内に全員が脱出する訓練」をしていることが多く知れ渡るようになったが、「90秒」の根拠はここにある
  • 飛行機の通路は意図的に広く設計されている〜1人ずつしか通路を通れないと、火事が発生して何百人もの乗客が一斉に脱出しようとする時に、通路で大勢が詰まってしまう
  • 飛行機の床には非常口まで誘導する光が点灯している〜過去には、不時着した飛行機から脱出しようとした乗客が、非常口に辿り着いたのに煙が濃すぎて出口に気づかず通り過ぎてしまったという悲劇があった

報道ではもっぱら事故が起こったという「失敗」ばかりが強調されているが、旅客機の設計によって乗客と乗務員の全員が助かったという「成功」も重視されるべきだと思う。

確率的になんらかの事故が起こるのは時間の問題であり、事故が起こった時のことまで考えてこそ、本当の「安全対策」と言える。

2. 自動化にも限界がある

年々世界中で飛行機の利用者が増える中、管制官の業務負担増加とヒューマンエラーの多発は長年懸念されてきた。

この問題に対応すべく、アメリカでは20年も前から、包括的に航空交通規制を近代化させるNext Generation Air Transportation Systemと呼ばれるプロジェクトが走っている。既にこのプロジェクトの下で開発された新しい技術がアメリカの空港で導入されてきており、その中には滑走路での衝突を防げるADS-Bも含まれている。

他方で、自動化に頼るだけでは解決にならないことは、飛行機の自動操縦(autopilot)システムが示している。

今の自動操縦技術は優秀で、飛行はもちろんのこと、離陸も着陸もできる。もはや、通常はパイロットとしてやることがなくなってきており、ジェット旅客機に乗務するパイロットを1人に減らす案が真剣に検討されている

しかし、機械は故障するし、機械が想定していない事態は起こり得る。機械に問題が発生した時や機械が対応できない時に人間が対応できるようにしておくことは欠かせない。

それを何よりよく示しているのがエールフランス447便墜落事故である。この事故の発端は、ピトー管と呼ばれるセンサーが着氷し速度を計測できなくなってしまい、必要なデータを収集できなくなった自動操縦システムが自動的に切り離されたことだ。機械の誤動作でパイロットによる操縦が必要になったところ、若いパイロットが操縦ミスを起こして飛行機は墜落してしまった。

何十年にも渡る飛行機事故の学びから、大半の事故の原因はヒューマンエラーであることが証明されている。よって、自動化を進めれば事故が減ることは間違いなく、実際、自動化を進めることで飛行機はかつてないほど安全な乗り物になっている。

しかし、機械は普通に誤作動するし、機械には離陸直後にエンジンが破損した飛行機を着水させたり操縦がきかなくなった飛行機を不時着陸させることはできない。

「人間の関与が必要になる中での自動化」を前提に自動化を進めなければ、本当の意味での「安全」は担保できない。

3. 過去に起こった滑走路衝突事故の原因

滑走路衝突事故・ニアミス事件は以下の通り5〜15年に一度の頻度で起こっている。

どの事故・事件にも複数の要因があり、今回の事故の原因も、パイロットの聞き間違いだけではなかったはずだ。ちなみに、下記の事故はすべて夜間か霧の中で起こっていることから、時刻や天候も事故の要因であると考えられる。

  • テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故(1977年)〜深い霧の中で離陸しようとしたジャンボジェット機が、同じ滑走路で走行していたもう1機のジャンボジェット機に衝突。死者583人と、史上最悪の飛行機事故。離陸しようとした飛行機のパイロットによるコミュニケション不足と交信ミスが主な要因。ただ、テネリフェ空港は複数のジャンボジェット機の対応ができるような規模の空港ではなく、事故を起こした2機のもともとの目的地がテロ爆発の予告により閉鎖してしまったことが何よりの不運だった
  • デトロイト空港衝突事故(1990年)〜深い霧の中で離陸しようとしたジェット機が、迷子になって滑走路に進入していたジェット機に衝突。死者8人。後者のパイロットがこの空港に慣れていなかったことに加え、パイロット同士の協調が欠如していたことが主な要因。他にも、滑走路上のマーキングや標識が掠れていたことも原因。また、管制塔は迷子になった飛行機が滑走路に侵入していたことに気付いていたものの、離陸しようとした飛行機が離陸済みだと勘違いして警告を出さなかったことも不運だった
  • ロサンゼルス空港衝突事故(1991年)〜夜に着陸しようとしたジェット機が、滑走路に待機しているプロペラ機の上に着陸。死者35人。管制塔内でのオペレーションミスと多くの飛行機の対応で気が散っていた管制官の誤解が主な要因。他にも、障害物のせいで管制塔から滑走路が見えなかったことや地上レーダーシステムが故障していたことも原因。また、着陸しようとした飛行機から見た時に、滑走路上の照明と待機していた飛行機の照明が重なっていたことも不運だった
  • クインシー空港衝突事故(1996年)〜管制塔がない小規模空港で夜に着陸しようとしたプロペラ機が小型プロペラ機に衝突。死者14人。後者を操縦していた飛行訓練学校の生徒と彼女を監督していた指導者が、滑走路を見回して他の飛行機がないことを十分確認しなかったことが主な要因。また、交信の時にプロペラ機内のコックピットで警報が鳴って、パイロットが肝心な情報を聞き取れなかったことも不運だった
  • リナーテ空港衝突事故(2001年)〜深い霧の中で離陸しようとしたジェット機が、迷子になって滑走路に進入していたプロペラ機に衝突。死者118人。後者による滑走路への誤進入にパイロットも管制官も気付かなかったことが主な要因。他にも、滑走路上の標識が読みにくかったこと、新しい地上レーダーシステムが何年間も設置されていなかったこと、誤進入検知センサーが誤作動が多いため止められていたことも原因。また、プロペラ機のパイロットが間違った誘導路にいることを示唆する報告を管制塔にしたものの、管制官がそれを聞き流したことも不運だった
  • サンフランシスコ空港ニアミス事件(2017年)〜4機の飛行機が待機している誘導路にジェット機が着陸しようとし、接触まで4メートルのところで着陸を断念。着陸すべき滑走路とすぐそばにある誘導路をパイロットが混同したことが主な要因。他にも、航空会社が計器着陸装置を使って着陸することを義務付けていなかったことやパイロットの疲労なども原因。パイロットがぎりぎりのタイミングで「何かがおかしい」と気付いたことが幸運だった
 
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