私は春が嫌いでございます

(English version available)

これは四季シリーズの第一弾です。

外の気温が暖かくなってきました。桜も咲きました。世間が待ちに待った春がやってきました。

私は大好きな冬と大っ嫌いな夏のハザマにあるこの春と言う季節が四季の中で最も嫌いでございます。

最も嫌いな夏よりも春が嫌いという一見矛盾している発言の背景には私の性格がございます。私は嫌なものに対しては、嫌な事・辛い事の終わりさえ見えていれば辛抱強く我慢しきれます。

反対に、先に嫌な事しか見えない場合、イヤイヤ気分になり、機嫌が悪くなり、最終的には現実逃避に走る傾向があります。よって、蒸し暑くてたまらない夏に関しては意外と落ち着いて対応でき、いくら我慢をしても終わりには最悪の夏しか待っていない春に対しては、抑えきれない嫌悪しか感じません。私は結構捻くれた性格をしておるのです。

そもそも春の一体何処が良いのでしょう。「やっと暖かくなる」と大勢の方はおっしゃいますが、外の寒さが嫌なのであれば上着を着れば良いのです。厚着をすれば対応できる冬の気温の低さより、手の打ちようがない春の花粉症の方がなぜ皆様にとって辛くないのかは、私にはさっぱり分かりません。

長期的な外国生活後、帰国してまだ3年しか経っていないおかげか、私はまだスギ花粉症にかかっていません。しかし、私もあの辛さを経験するようになるのは時間の問題であると、日本に長い間住んでいる方々に脅されています。それが来年来るのか30年後に来るのか分かりませんが、その時は今でさえ何の取り柄もない春を嫌う理由がもう一つ増える訳です。

強いて日本の春の良い所を挙げるとしたら、花見(と言うか桜見)でしょう。この花見というもの、米国に住んでいた頃は憧れたものです。いくら綺麗でも桜など5分程度眺めていれば飽きてしまうものですが、「花より団子、より博打」と言うくらいですから、花見の主役はやはり日本酒と食事、そしてそれに伴う人との交流でしょう。桜の花びらが落ちてくる下、親しい人達と楽しく何時間もしゃべりながら飲みくれるなんて、なんと素晴らしいイベントなのでしょう。これでやっと春が待ち遠しくなる、と良い事などひとつもない米国の東北の春しか知らない私は思っていたのです。

ところがどうでしょう。桜は思ったよりせっかちで、鈍感で、貧弱だったのです。桜は春の兆しが現れた瞬間に満開になりますが、それは、人間にとっては到底外で長時間くつろげない時期に起こります。では人間でも暖かいと思えるころにも桜が楽しめるかというと、それも期待できず、桜とは、晴天でも二週間弱、多少雨が振ったり風が吹いたりでもすれば吹き飛ばされてしまう、か弱い生き物なのです。コンロとこたつでも持ち込まない限り花見などそんなに魅力的ではない事を、凍えながらの花見を2回経験して学びました。

桜があっけなく散った後に残るのは、平均気温が上がり、最悪の夏が徐々に近づく日々をひたすら耐え忍ぶ毎日です。

辛い花粉症に、寒い花見、そして迫る夏。私には春の良さなどさっぱり分かりません。

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