将棋から考える人生のいろいろ(前編)

どうも僕は、人生を将棋にたとえるのが好きなようだ。将棋にハマればハマるほど、将棋が人生の縮図に思えてくる。

僕の人生論は「人生いろいろ、将棋もいろいろ」だ。

この3年間、僕はある仲間と100局以上の将棋を指してきたが、その彼との将棋が同じになったことが一度もない。最初の5−6手は毎回似たり寄ったりだが、いつもどこかで新たな分岐があり、経験したことのない将棋に展開していく。

人の人生も同じではないか。同時に生まれ、同様の環境で育った双子でも、徐々に異なる人生を歩んで行く。生まれながら似ている双子でさえ違う運命を辿るのだから、世界にいる70億人の人生の多様性は計り知れない。まさに、将棋も人生もいろいろである。

将棋と人生はいずれも楽しむべき勝負事、という点でも似ている。

楽しくなければ将棋は続かない。しかし、将棋とは勝敗がつくものであり、勝負をするからには、勝つことを目標とせねばならず、当然負けることもある。

人生も同じだ。楽しくない人生などやり切れないが、有意義な人生を生きるためには常に何かにチャレンジしていなければならない。そして、挑戦の中には克服できる山もあれば超えられない壁もある。

とはいえ、やはり将棋では勝ちたいし人生では成功したい。そのための秘訣は、将棋も人生も同じである。

それはとにかく生ぬるい環境にいないことだ。

刺激のない環境ほど、進歩と向上、そして上達を妨げるものはない。困難な局面(将棋)や状況(人生)に何度も直面し、苦悩、決断、失敗を繰り返してこそ、教訓をひとつずつ身につけていける。僕が最近、ネットで他人と将棋が指せるアプリ「将棋ウォーズ」で「対戦相手の強さ」の設定を「おまかせ」から「少し強め」に変更したのは、もっと強い相手にたくさん負ける苦しさを経験しなければ一向に強くならないと思ったからである。

後編に続く)

 

コメントを残す

Translate »