ちょっと背景を説明すると、連邦制の米国では、いつどの選挙が行われるかについて、基本的に州が決める。ただ、大統領選と米国連邦議員の選挙は偶数の年の11月の第1火曜日に行われることが米国の法律で決まっているため、大半の州は奇数の年も11月の第1火曜日になんらかの選挙を実施するようにしているのだ。
よって、多くの米国人にとって「11月の第1火曜日」=「投票日」という感覚が身に染み付いており、その日は当然のこととして投票所に向かう。
ちょっと背景を説明すると、連邦制の米国では、いつどの選挙が行われるかについて、基本的に州が決める。ただ、大統領選と米国連邦議員の選挙は偶数の年の11月の第1火曜日に行われることが米国の法律で決まっているため、大半の州は奇数の年も11月の第1火曜日になんらかの選挙を実施するようにしているのだ。
よって、多くの米国人にとって「11月の第1火曜日」=「投票日」という感覚が身に染み付いており、その日は当然のこととして投票所に向かう。
米国というのは不思議な国である。
それを思い出させるエピソードが、昨年11月にケンタッキー州であった。同州の選挙を管轄している州の総務長官(Secretary of State)が、こんな投稿をXで行ったのだ。
少々世界史を知っていれば、「日本人ファースト」を謳う右派ポピュリズムの参政党には、「大ゲルマン帝国」の構築を試みた右翼ポピュリズムのナチスと通じるところがあることが分かる。ドイツはナチスの台頭によって民主主義からファシズムに転落したので、ナチスと類似した政党が日本の参議院で第4野党になったことは極めて恐ろしいことである。
僕にとって、政治とは楽しむ趣味であると共に大学で勉強した学問であるが、先の参院選ほど「趣味としての政治」と「学問としての政治」の違いを感じたことはない。
参院選で僕が期待していたことは、参政党が躍進する形で自民・公明与党が過半数割れし、その結果、石破茂が退陣しないことであった。理由は単純で、このシナリオだと当面政局がぐちゃぐちゃになり、場合によっては年内に衆院選まで起こるかもしれないと思ったからである。趣味は楽しくなければならず、政治は政局が最も楽しいのだ。
既にご存知の方が多いと思うが、僕は政局好きである。「政策」や「政治」ではなく、「政局」である。
これはつまり僕が小沢一郎と同類であることを意味し、政治がグチャグチャになればなるほど楽しくてしょうがないという、政治を趣味とする人間としては結構タチが悪い。
そんな僕にとって、今年の参院選は久しぶりに楽しめる選挙だ。
大阪都構想が2回目の住民投票にかけられた時、維新の橋下徹市長と松井一郎知事は支持を広げるために頻繁にタウンホールを開催していた。当時、投票年齢が18歳まで引き下げられた直後だったこともあり、タウンホールの1つで、ある高校生が橋下市長に「もっと高校生に向けて都構想に関する情報を発信してください」という要望を伝えたことがあった。
この話には素晴らしいことが3つある。
「なぜ投票に行くのか」
この質問に対して説得力ある回答を持っている人こそ、民主主義の本質を理解していると思う。
「国民の義務だから」という回答をよく聞くが、これは納得いかない回答である。投票するのが義務とされているのは、北朝鮮であって日本ではない。投票は権利だからこそ、棄権することもできる。「義務」と「権利」を混同してては民主主義を十分理解しているとは言い難い。
僕は高校の卒業式でスピーチをしている。
すご〜い、と思うかもしれないが、通常であれば功績であるはずのことが呆れるほど浅はかであるのが僕なのだ。
【上院の予想】
注目されている上院の議席を投票終了時間の順に解析していこう。時間はすべて11月9日(水)の日本時間。
リマインドとなるが、共和党が一つでも議席を増やせば過半数を獲得する。以下の予想では、ネバダ州で共和党が民主党から議席を奪い、(後日の決選投票に持ち込まれるであろうジョージア州の結果に関わらず)共和党が僅差で上院の過半数を獲得すると予測している。
僕にとっての政治とは、次のようなものである。
「日常生活を生きていくことに精一杯な多種多様な1億人から構成する国家を、一般の人が関与できる、そして一般の人が実際に関与している形で、安定的に治めること」
僕の政治に対する考えは、概ねこの一文に凝縮されている。
以前からしつこく「俺をインタビューしろ」と言ってきてるジョー。うざいのでとにかく黙らせるために形式的なインタビューを行ったところ、どうせましな話は聞けないだろうと諦めていたら、恐れてた以上に得るものがなかった。
---本日のインタビューはさっさと終わらしましょう。
僕はいくらでも時間があるから、そんなに気を使わなくてもいいよ。
--そっちが良くてもこっちがイヤなんです。で、なんでそんなにインタビューをしてもらうことに拘るんですか?
それはさー、僕の夢って有名人になることなんだけど、インタビューを受けるってことは有名人になれた証じゃん。
最近の僕は、「組閣モノポーリー」と名付けた自己開発ゲームで空想にふけている。
ゲームの設定とルールはこうだ。
この設定の中でどういう人事を行うかによってその人の政治姿勢が明らかになるのだが、僕の場合、政治的目標は迷いなく「節操ない内閣支持率の維持」なので、次のような基準で閣僚を選定していく。
僕は自称「政局マニア」である。「政治」マニアではない。「政局」マニアだ。
そんな僕が政治において何より評価するのが、政治権力の獲得維持能力。僕にとって、政治家の政策や政治思想なんてモノは二の次にすぎない。
そういう意味では、この5年間、自民党を牛耳ってきた二階俊博幹事長は尊崇に値する。
「政党は組織」が持論5である僕は、考えが合わない、などという子供じみた個人的な事情で離党はしない。そして、自分が政党を作ったら、党を離れる議員の離党届を受理せず除名処分にし、次の選挙では対抗馬を立てて、刺違えになってでも潰しに行く。
「政局は勝ってなんぼ」が持論6である僕は、政局の兆しには常に敏感でいて、予期しなかった政局に足をすくわれる、などというヘマは絶対にしでかさない。政局に勝つ確実な方法は奇襲を仕掛けることなので、政局が起こりそうになったら、主導権を握るために自分から先に起こす。
日本と米国で根本的に違うのは、投票率ではなく、日常における政治への身近さだ。
米国では、中学時代に国会議員に手紙を書いて返事をもらい、高校時代に国会議員の地元事務所でインターンをし、大学時代に徹夜で政治を議論し、大学院時代に選挙ボランティアを経験した、という人がざらといる。
果たして、これを一つでも経験したことがある日本人がどれほどいるか。
昨日、都知事選が開票された。
投票率は55%。いつものことながら、「投票率の低さに驚いた」などとコメントしている人がいる。
しかし、僕に言わせてみれば、投票率が低いなんて当たり前だ。
投票という行為がどういうものなのか、冷静に考えてもらいたい。
このブログの熱烈なファンならご存知のはずだが、僕はありとあらゆる趣味を持っている。
僕にとって大切なものをざっとリスト化すると、こんな感じか。