佐久沼條治、三度!(後編)
(前編から続く)
佐久沼とは本当に無駄の塊のような男である。こんな人間の会話に新卒君をもう1秒たりとも付き合わせてはならないと思ったら、佐久沼がそれを見越したように、「ま、飛行機と娯楽の話はもういいよ。そんなことより、最近、武者震いがした話をしてあげるよ」と機関銃のように話し始めた。
こうして始まったのは、レヌもまさゆも何度も聞かせられたことがある、近所のコンビニのツダくんの話である。ポイントカードの読取機をめぐったバトルなどあまりにくだらなく、30秒でも話に付き合うだけで時間の無駄なのだが、レヌが新卒君の方に目をやると、なんと興味津々に話を聞いてるではないか。このままでは、ツダくんの話にワタナベくんが登場して、佐久沼が無意味な勝利宣言をするまで続いてしまう。
まさゆも同じことを思ったらしい。佐久沼が一生懸命に話をしていることにお構いなく、「君、ちょっとこっちにきて、話があるから」と新卒君を呼び寄せる。
このように頼りになるまさゆを見て、レヌは感慨深くなった。3年前に入社したばかりの彼は佐久沼に振り回されてばかりで、レヌがなんとか真っ当な道に導いたのだ。それなのに、今度は新卒君が毒されてしまうとは。
「話ってなんですか」と無邪気に聞いてきた新卒君に対して、まさゆが指導する。「なんですか、じゃないだろ。絶対にあの人に近づいちゃダメだって、あれほど注意したじゃないか」
すると、新卒君はケロリと「えー、でも、すごい人じゃないですか。だって、筑駒高校に行ったんですよね」と言う。
何を勘違いしているのか。佐久沼が行ったのは、筑駒の文化祭だけである。筑駒に通うくらいの学力があるなら、大学の専攻が数学でありながら、単位の計算を間違えて留年しちゃうようなヘマなんてしない。そもそも、佐久沼が大学を卒業できたと言う話は学歴詐欺であると、レヌは確信している。
新卒君をあえて訂正するのも面倒なので、レヌはとりあえず「どんな理由があっても、あの人と話す前に私かまさゆ君に相談するように」と強調する。
ところが新卒君は、「でも僕、最近料理を始めたばかりで、佐久沼先輩も料理にハマってるようなので、料理を学ぼうと思ったんですけど」と異論を唱える。
いつ、どこで、どういう展開になれば、キャベツと白菜の区別がつかない佐久沼と料理の話になるのか、レヌにはさっぱり理解できなかった。最近ようやく120円と1500円のチーズの違いに気付いた佐久沼の料理の腕は、少し上達してもヘボであることには変わらない将棋の腕に遠く及ばないはずだ。
食べ物をめぐって佐久沼から相当な被害を受けているまさゆが、新卒君を優しくアドバイスする。
「あのねー、あの人と料理の話をするのは禁句。アメリカ人さえたまげるほど食べるし、飛行機に乗る予定もないのに、空港までそばを食べに行く羽目にあうよ」
それを聞いた新卒君は、しゅんとするどころか、はしゃぎはじめてしまった。「え、楽しそうじゃないですか!」
ここでやっと、レヌは事の深刻さに気付く。佐久沼と波長が合うとは、この子はもしかして、単なるバカな男子ではなく、実は相当ヤバいのかもしれない。そこで確認してみる。
「あなた、彼と他にどんな話をしたの」
すると、新卒君は嬉しそうに語り始める。
「えーと、まずお金の話をしました。そして、スポーツの話をしました。そして、お金とスポーツの話をしました。そして、お金とスポーツと政治の話をしました。そして、スポーツと弁護士の話をしました。そして。。。」
「ちょっと待って」とレヌがそこで遮る。「あなた、あの人とどれくらい話をしてたの」
なにせ、佐久沼と金の話をするだけでも、詐欺だとしか思えないリスクを取らずに儲かる投資の話で半日が終わってしまうのである。
「朝出社してからずっとですけど」と、新卒君はなんでもないように答える。
恐れたとおり、彼は何の仕事もしてないようである。
こりゃダメだ、レヌが匙を投げたくなった時、まさゆが参戦してくる。「君さ、映画が好きだって言ってたよね。まさか、あの人と映画の話はしてないよね」
すると、新卒君は「え!佐久沼さん、映画好きなんですか!」と今度は目をキラキラさせる。すぐにでも佐久沼と映画の話をしかねない勢いの新卒君をみて、まさゆは慌てて「いやいや、知らないけど、職務中はそういう仕事と関係のない話は絶対にしないように」と牽制する。
「えー、ダメなんですかー」と心底残念そうな表情をする新卒君を横目に、レヌはとりあえず、新卒君が「国宝」を評価するような発言をしてなかったことに安心した。佐久沼がそんな話を聞いたら、3時間の映画は監督の傲慢だの、映画は大衆向けであるべきだの、映画に関する持論を8時間語り続けかねない。
それにしても、入社2日目で新卒君がこんなことになってしまうとは。
レヌとまさゆは顔を見合わせ、無言のまま、お互い絶望に打ちひしがれたのである。

いやあ、今回のは本当に笑いました。佐久沼君、一部の人には怖れられているようですが、人を惹きつける話術の持ち主なのですね。
楽しんでいただけて何よりです!同僚じゃなければ楽しいヤツかもしれません。w