佐久沼條治、三度!(前編)

この物語はフィクションであり、主人公である佐久沼條治の名称および性格と立ち振る舞いが著作者のものと瓜二つであることは、すべて偶然です。

(まずは第一弾である「佐久沼條治という、ある迷惑男の話」と「迷惑男佐久沼條治、ふたたび!」からお楽しみください)

「ちょっとやばいことになってます」

そう言って左飛道(さひみち)レヌに相談してきた井馬(いま)まさゆは、レヌがこれまで見たことがないほどの深刻な表情をしている。「まさか」と思ったら、まさゆの次の一言がそれを確信に変えた。

「あの人が。。。」

まさゆが誰の話をしているのか、聞くまでもない。

新年度が始まったばかりなんだから数日くらいは大人しくしててよ、とレヌが舌打ちしたところで、まさゆが追い打ちをかける。

「新卒君、あの人と意気投合しちゃってます」と、まさゆはさもこの世の中で最も恐ろしいものを見てしまったような口調で言う。

それを聞いても、レヌにはさっぱり意味がわからなかった。よって、「意気投合ってどういうこと」と確認すると、まさゆは「その言葉通りです」と参考にならない返事を返してくる。

レヌはそれを聞いて、ちょっとイラついてしまった。「だから、具体的に何が起こってるのかを教えてよ」と怒ると、まさゆもムッとした表情で、「あの人と新卒君の会話が弾んでるんですよ」と答える。

そこまで言われても、レヌには意味が理解できなかった。飛行機事故の検証と2千円札と腕時計とヘボ将棋の話しかできない佐久沼條治と会話が成り立つ人間なんて、これまでの人類の歴史の中で1人もいないだろうと確信していたのだ。

この状況は実際に自分の目で見てみなければならないと思い、レヌはまさゆと一緒に佐久沼の席に向かう。歩きながら、「一体、どんな会話で盛り上がってるの」とまさゆに確認してみる。

「それが、政治の話なんです」とまさゆが答える。「ほら、この前、選挙があったじゃないですか」

なんと、そんなことに新卒君が関心を持っていたとは。きっと、佐久沼がちらっとしょーもない選挙ボランティアの話をしたところ、新卒君は人生の大先輩の話をぜひ聞きたいと思って会話に乗ってしまったのだろう。残念なことに、佐久沼の自己開発妄想ゲーム「組閣モノポーリー」の話を聞いても、得られるものは何もない。

「あの人と選挙の話をしても噛み合うとは思えないんだけど」とレヌが思った通りのことを言うと、まさゆは困ったように、「それが、首相嫌いで意見が一致しちゃったようなんです」と言う。

政治をゲームとしか思ってないヤツと政治家の評価について議論できるとは思えないが、こればかりは見てみないと信じられない。

レヌが佐久沼の席に近づくと、佐久沼の隣の席に笑顔の新卒君が座っており、確かに会話が盛り上がっている。一体佐久沼がどんな話をしているのかと耳を傾けると、「。。。と言うことで、君も4週間の有給を遠慮なく取るといいよ」と偉そうにアドバイスしているではないか。

入社2日目の社員になんということを言うのか。レヌは呆れると同時に怒りが爆発した。

「先輩、何を教えてるんですか」とレヌが声を上げると、佐久沼はきょとんとした表情でレヌの方を向いた。

「あ、レヌ、まさゆ君。いいところに来た。ちょうど今、先週僕が世界一でかい飛行機に乗って、飛行中に機内を歩き回って、めっちゃカッコいい写真をたくさん撮ってきた話をしてたんだ。もちろん、ハワイの良さも伝えてあげたよ」とわびれもなく言う。

またその話か。「Airbus A380」のことなんてこれっぽっちも関心がなかったのだが、1週間に30回も同じ話をされると、いやでも機材名を覚えてしまう。機材だけの話ならまだ我慢できるが、飛行機の2階にいることがどれほど優越感に溢れることなのかという自慢話は、もううんざりである。

「飛行機の話はいいかげんにしてください」とレヌが釘を刺すと、佐久沼は拗ねた。「なんだよ。ファーストクラスにタダで乗る方法とか、ビジネスクラスでガツガツ食べてガブガブ飲む方法とか、エコノミークラスで贅沢な食事を堪能する方法とか、これから新卒君に色々と教えてあげようと思ったのに」

どれもこれも、仕事をすべき職場とはまったくもって無関係な話ばかりである。だが、それでも滑走路での衝突事故やら飛行機の墜落事故やら不謹慎な話をされるよりマシなのだから、佐久沼のレベルの低さには下限がない

そう思い、「飛行機以外の話はできないんですか」と聞いてしまい、レヌはすぐに後悔した。佐久沼の場合、「それ以外」の話がマシであった試しがない。

「うーん、そうだね」と佐久沼は一瞬だけ考えるふりをする。「なら、渋谷でマリオカートを乗り回す話とか、一日にボーリンとダーツとカラオケと映画鑑賞に行った話とか、ナイトプールの趣旨を間違えちゃった話とかはどうだろう」

後編に続く)

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