「その時・その瞬間」は学校や仕事よりずっと大事(前編)

北米で開催された今年のワールドカップ。生で日本代表戦を観た人はどれほどいたのだろう。

決勝トーナメント進出が決まったスウェーデン戦のスタート時間は、金曜日の朝8時。残念な結果になってしまったブラジル戦のスタート時間は、月曜日深夜の26時。いずれも学校や仕事のことを考えると、観るのをためらってしまう時間である。

だが、僕は自信を持って言える。サッカーファンは、どちらも迷わず見るべきだった。

こういう判断をする時、「人生で本当に大事なものは何か」を見極めることが重要だ。僕はそのスキルを、学生時代のとある成功と失敗を通じて習得した。

成功談は、スポーツを基準に大学を選んだ話である。

僕はアメフトのニューイングランド・ペイトリオッツが大好きだ。しかし、ニュージャージー州に住んでいた小中高校時代、ホームがボストンにあるチームを応援していたことでいろいろ苦労した。

まず、周囲に同志がいない。それどころか、友達はみんなライバルチームのファンである。ニュージャージー州でペイトリオッツファンとして育つのは極めて孤独だった。

でも、もっと辛かったのは、ペイトリオッツをテレビで見れなかったことである。今でこそ試合はストリーミングで観れるが、当時、アメフトは地方放送で観るしかなかった。しかし、ニュージャージーでは基本、地元のチームであるニューヨーク・ジェッツニューヨーク・ジャイアンツの試合しか放映されなかったのだ。

そんな環境に我慢できなくなった僕は、高校生の最後の年、大学はボストンに行くと決めた。ボストンは米国有数の大学の町であるため、これは学業的に十分正当化できる決断だったが、当時の僕にとって、学業はペイトリオッツの二の次であったことは間違いない。

その後、希望どおりボストンカレッジに入学した僕は、在学中の4年間、欠かさずペイトリオッツの試合を観ることができ、チームの優勝まで経験できた。結果論としてあの時の決断は人生で最も正しい判断になったわけだが、たとえ優勝がなくてもあの判断は正しかったと今でも思っている。

このように僕は大学とスポーツの関係で正しい判断ができたのだが、数年後、ロースクールとコンサートの関係では完全に誤った判断をしてしまった。

(後編に続く)

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