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佐久沼とは本当に無駄の塊のような男である。こんな人間の会話に新卒君をもう1秒たりとも付き合わせてはならないと思ったら、佐久沼がそれを見越したように、「ま、飛行機と娯楽の話はもういいよ。そんなことより、最近、武者震いがした話をしてあげるよ」と機関銃のように話し始めた。
こうして始まったのは、レヌもまさゆも何度も聞かせられたことがある、近所のコンビニのツダくんの話である。ポイントカードの読取機をめぐったバトルなどあまりにくだらなく、30秒でも話に付き合うだけで時間の無駄なのだが、レヌが新卒君の方に目をやると、なんと興味津々に話を聞いてるではないか。このままでは、ツダくんの話にワタナベくんが登場して、佐久沼が無意味な勝利宣言をするまで続いてしまう。
「ちょっとやばいことになってます」
そう言って左飛道(さひみち)レヌに相談してきた井馬(いま)まさゆは、レヌがこれまで見たことがないほどの深刻な表情をしている。「まさか」と思ったら、まさゆの次の一言がそれを確信に変えた。
「あの人が。。。」
まさゆが誰の話をしているのか、聞くまでもない。
新年度が始まったばかりなんだから数日くらいは大人しくしててよ、とレヌが舌打ちしたところで、まさゆが追い打ちをかける。
「新卒君、あの人と意気投合しちゃってます」と、まさゆはさもこの世の中で最も恐ろしいものを見てしまったような口調で言う。
でもそんな僕でさえ、コロナ前と後では勤務形態が変わった。理由は、食生活が大きく変わったからである。
コロナ前の僕は基本的に家で食事をしなかった。超人気者の僕は平日週2〜3回食事に誘われ、誘いがない日でも、手当たり次第知り合いに声をかけては自分で会食をアレンジしていた。
ポストコロナの社会になり、週5日出社を義務付ける会社が増えてきている。
僕はもともとオフィス派だ。コロナの真っ最中、週1日くらいの頻度でガラガラの電車で通勤し、終日ぼっちの状態で仕事をしてたくらいのオフィス派だ。
これは別にオフィスが好きだからではない。単に「聖地」である家で仕事をするのが嫌いだからだ。
それ以降、僕は最高級のチーズを買うようになったのだが、数ヶ月経つと、このチーズも物足りなくなってしまった。庶民スーパーの最高級チーズの味を占めて、貴族の世界の人がどのようなチーズを食べているのか知りたくなってしまったのだ。
僕が知ってる貴族の世界とは、豆腐が1丁300円するお店。ということで僕は成城石井に行くことにしたのだが、そこのチーズ売り場を見てたまげた。
僕は成城石井というスーパーが嫌いである。何年も前にふらっと入った時に豆腐が1丁300円もするのをみて、こんなボッタクリの店では絶対に買い物をするまいと誓った。
それなのに、最近の僕は頻繁に成城石井に足を運ぶようになっている。
事の発端はチーズにはまったことである。
食品をしまってご飯を炊き始めたら、書斎でブログを書き始めた。ご飯が炊けてる間におかずを作った方が効率がいい。そんな考えには及ばないようである。
ご飯が炊けて、やっとキッチンに向かう。そこで慌ててエビとイカとアサリをレンジで解凍しているが、温度が高すぎて時間が長すぎるので、解凍を超えて火が通りすぎている。もう炒める必要はなさそうである。
吾輩は神様である。神様である吾輩に、ジョーは毎週のように「なぜ僕の料理がまずくなるのか教えてください」といった嘆願をしてくるので、願いを叶えてやるために、ある日曜日のジョーの様子を観察してみることにした。
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夕食の準備のためにスーパーで買い物をしているジョー。どうせいつもどおり麻婆豆腐を作るのだろうと思っていたら、CookDoの八宝菜の素を手に持ってじっくり悩んでいる。どうやら今日は無謀なチャレンジに挑戦したい気分のようであるが、慣れないことはやめておけとアドバイスしてやりたい。
さて、私の座右の銘は「人生いろいろ」ですが、さすがの私も、映画の世界でしか見たことがないパンデミックを自ら経験することになるとは夢にも思っていませんでした。
こういう未曾有の時こそ、人生について改めて考える機会になるのだと思います。
さらには、豚に真珠なのにいい食材に拘ったりする。
僕のアパートの目の前に年配夫婦がやってる肉屋がある。今の住居に引っ越して4年弱。僕はここで麻婆豆腐用の豚のひき肉しか買ったことがない。
ところが自粛するようになってからは、牛や鶏、薄切りや厚切りなど、急に買い物のレパレトリーが増えるようになった。初めて豚のひき肉以外を注文した時、おじいちゃんは「え、薄切り?」と二度も聞き返してきたが、最近は2日ごとぐらいの頻度でお世話になってるので「いつも有難うございます」とニコニコ笑いながら対応してくれる。まさか、店の自慢の厚切り牛肉カルビが、匂いを嗅げばブタもそっぽを向くような青椒肉絲に化けているとは夢にも思っておるまい。
コロナ騒ぎで自粛するようになり、僕の生活で一つ大きく変わったことがある。
料理に目覚めたのである。
もともと僕は料理が嫌いなわけではない。単に、普通の生活をしていると、料理をする機会がないだけだ。
実際、僕は昨年、家で通算100回も食事をしていないのではないかと思う。平日だと朝食は食べないし、昼は職場でとり、夜は仕事に追われての出前か友達との外食だ。週末だと、昼を食べるくらいなら寝坊したいし、夜はリア充なので家にいない。
僕は大食である。部活帰りの高校生並みに食べる。
具体的にどれほど食べるかというと、例えばジョナサンでの夕食は、シーフードマリネサラダととうもろこしポタージュから始まり、ハンバーグのドリンクバーとライスセットを食べた後、デザートにフルーツパフェを注文する。
この通常コースは税込で3200円ぐらいなのだが、この前主食を和牛ステーキにしたら、4260円も払う羽目になってしまった。最低3000円、下手すれば4500円もするファミレスジョナサンでの夕食は、僕にとって月一回の贅沢である。
食べる量が普通の人と比べてだいぶ多いため、僕は他人と食事する際の「会食ルール」というものを設けている。
父方の祖父が亡くなってもう久しいのだが、わが一家では未だに笹沼宗一郎ゆかりの話で盛り上がる。とにかく面白い、母曰く、愛嬌のある人だったようだ。
祖父は陸軍だったのだが、平気で敵国アメリカのピストルを身につけて歩き回っていた。この銃は戦後も米軍に手渡さず、彼の死後、祖母が蔵を整理していたら出てきたそうだ。実物だと知っていた祖母は交番に届け出たのだが、警官は日常銃を扱い慣れていないのかおもちゃだと思い、詳しくその場で状況を聞かなかった。後に本物だと分かり慌てた電話がかかってきたという話を聞いた事がある。
彼は自宅に暗室を構えていたほどの写真家だった。カメラと言えばドイツ製。戦争中、ドイツからカメラを潜水艦に乗せて密輸入した、なんて言う事を聞いた覚えがあった。なんか祖父ならあり得そうな話だったのだが、父曰く「あれは職権乱用」だそうだ。
祖父は陸軍省の監督官で、専門は写真の感光材料。「日本の全メーカーの上に立って威張っていた」らしい。ドイツでライカの新製品が出て、どうせ上官に「こんどドイツで発売されたライカは画期的で日本の写真産業の発展になくてはならないものなので、どんな手段をとっても入手すべき」らしきの、うそ八百の上申書を書いたのだろう、というのが父の憶測。祖父は東京大空襲のときそのライカを持って逃げ、軍服・サーベルを焼失。上官の大佐に「カメラを助けて、天皇閣下からお預かりしているものを置いて逃げるとはないごとか」と当然の事ながら怒鳴られたそう。