今回のワールドカップでは、「ハイドレーションブレイク(給水タイム)」の名の下、試合が必ず中断してCMが入る。サッカーファンの間では、この商業化が極めて不評のようだ。
スポーツの商業化と言えば米国が長けているが、そもそも米国由来のスポーツはマネタイズしやすいのである。
今回のワールドカップでは、「ハイドレーションブレイク(給水タイム)」の名の下、試合が必ず中断してCMが入る。サッカーファンの間では、この商業化が極めて不評のようだ。
スポーツの商業化と言えば米国が長けているが、そもそも米国由来のスポーツはマネタイズしやすいのである。
2021年に雇われたケリーは総額9500万ドル(約150億円)の10年契約を結んでおり、4年目の途中で解任されたことで、5400万ドル(約80億円)の違約金を支払う義務がLSUに発生した。
LSUは州立大学である。当然、もう監督ではない人物に、州の予算からそのような大金を支払うわけにはいかない。では違約金の原資はどこから出てくるのかというと、LSUスポーツを応援している億万長者の卒業生である。サポーターとしては、母校のアメフトプログラムが惨憺たる状態だと、自腹を切ってでも監督の解任を支持するのだ。
昨年10月、米国のアメフト世界で、スポーツと金と政治が複雑に混じった出来事が起こった。
ことの発端は、ルイジアナ州立大学(Louisiana State University、通称LSU)のアメフトチームがライバル校テキサスA&M大学に惨敗している最中、州の知事であるジェフ・ランドリーが「この試合の結果を見ると、来年のチケット値上げは見直した方がいいと思う!」とXで投稿したことである。翌日の日曜日、大学の理事やアメフトプログラムのサポーターが知事の公邸に集まっていることが報道されると、ブライアン・ケリー監督の解任は既定路線となった。
ファンとしては、何より自分が応援してるチームに勝って欲しい。チームの存在意義が「親会社の売り上げを伸ばすこと」なんて、たまったものではないと思う。スポーツとは感動の世界になくてはならず、企業の業績というドライな世界にあってはならない。
そういう意味で理想なのは、ファンの1人がオーナーになることだ。
この前、日本ハムの人と会食してたら、ふと日本ハムファイターズがクライマックスシリーズ(CS)のファイナルで敗退した話になった。
ご祝儀ムードでハムの売り上げが伸びることを期待できなくなったと彼らが嘆くのを聞きながら、僕は「なるほど、企業がスポーツチームのオーナーだとこういう発想になるんだ」と興味深くなった。
「スポーツはビジネス」が持論である僕は、スポーツビジネスを成り立たせるために不可欠であるファン層について考えることが多い。
たとえば、ニューヨーク市付近をホーム拠点としている2つのアメストチーム。ニューヨーク・ジャイアンツとニューヨーク・ジェッツでは過去の功績が大きく異なり、結果、ファンの体験にも雲泥の差がある。
卒業してからは、チームの成績が悪ければ監督の解雇を求める地元の新聞に賛同し、新しい監督に年間1億円しか支払われないことを知ると、ケチったことで知名度が高い監督を起用できなかったことに憤った。
僕は決して熱狂なファンではない。母校チームの成績も良い年で勝率5割だ。それでも、アメフト部が廃部されれば、毎年行っている大学への寄付を確実に止めるだろう。
国内のアメフトファンなら知らない人はいない日本大学のアメフト部が廃部された。それも選手の不祥事によって。
この問題については、大学側の責任や選手側の権利の観点から多く語られているが、あえて僕は注目されてない「ファン」という視点で語ってみたいと思う。なぜなら、ファンも(選手ほどではないにせよ)明確なステークホルダーだからだ。
4【周囲の私の話に対する受け止め方とそれに対する私の考えとそれに対する周囲の反応について】
このように私としては有意義な情報を貴重な意見と共に伝える努力を最大限尽くしてきたつもりですが、いつでも、どこでも、誰からも、私が口を開く度に、屈辱的かつ人格否定的な発言及び行為が多く見られました[注7]。また、必ずしも否定的とは言えない振る舞いであっても、そっけない反応が多かったです[注8]。
3【「ジョーのおしゃべりトラブル」と言われている事柄に対する私の認識について】
「1」で説明したとおり、今まで私は「ジョーのおしゃべりトラブル」と言われている事柄について自分がどのように考えているのかを説明することはしてきませんでした。ここでは、この事柄について私がどう思っているのかを理解していただくためにも、改めて、「ジョーのおしゃべりトラブル」と言われている事柄に対する私の認識を可能かつ必要と思われる範囲で説明します。
2【この文書を作成し公表することにした理由について】
まず初めに、この文書を作成し公表することにした理由について説明したいと思います。
詳しくは後出の「3 」で説明しますが、そもそも私は幼い頃からよく話す子供であり、成長するにつれてそれがますます増長され、社会人になってからは歯止めがかからなくなりました。
私が話す内容はすべて世のためになるものと考えて喋っていたものばかりであり、それは決して、自分が好きなことを、場所と時間を選ばず、周囲などお構いなしに話していたわけではありません[注3]。
この文書は、4月8日に小室圭様が公表された文書にトンマナが酷似しておりますが、それは単なる偶然であることを冒頭でお断りさせていただきます。
1【はじめに】
私は、長らく「ジョーのおしゃべりトラブル」と世間で言われている事柄について自分がどのように考えているのかを公に発信するということをほとんどしてきませんでした[注1]。
このブログの熱烈なファンならご存知のはずだが、僕はありとあらゆる趣味を持っている。
僕にとって大切なものをざっとリスト化すると、こんな感じか。