僕は新卒として、大変な仕事には学びが多いことを学んだ(後編)

前編から続く)

裁判官は僕だけでなく弁護士にも働かせた。

一般的に裁判官の仕事は裁判をすることだと思われがちだが、少なくとも米国では、裁判官の時間の大半は書類の処理に割かれる。裁判をして長時間拘束されるのを僕の上司は嫌っており、彼は「私は忙しい。裁判したいのであれば次の祝日しか空いてない」と言っては、原告と被告の弁護士に和解するよう促していた。

彼の恐ろしかったところは、これが単なる脅しではなかったことである。ある訴訟が和解されないと、彼は宣言していたとおり祝日に開廷した。(アメリカの裁判官は小さな国の王様なので、このような無茶ができてしまうのだ)

このように、当時の僕は所定労働時間をはるかに超える時間を勤務し祝日まで働いていたのだが、そこまで働いたことに後悔はない。

ロースクールを出たばかりの米国弁護士にとって、ベテランの裁判官と緊密に働けるロークラークのポジションは貴重な体験である。だが、任期は1年間と決まっていた。毎日8時間働くのと11時間働くのとでは40%も勤務時間が違い、単純に計算すると、僕は12ヶ月間で16ヶ月分の経験を得られたことになる。

社会人1年目にこういった職場にいたことは、次の仕事でも活かされた。

ロークラークの任期が終わると、僕は法律事務所という勤務形態が更に滅茶苦茶な職場に移った。ここで僕は他の環境では得られない実務経験を積むことができたのだが、深夜も週末も働くのが当たり前の所に何年間もいられたのは、社会人1年目にそこそこの激務をこなしたからだと思う。

僕は新卒として、大変な職場では得ることも多いことを学んだ。それ以来いろいろな職場を経験してきたが、どこに行っても大変=勉強と考えられるのは、最初の上司だった裁判官のおかげである。

2 Comments

コメントを残す

Translate »