3時間の映画は監督の傲慢だ(前編)

僕は3時間の映画に対して偏見を持っている。

それは決して、長い映画が嫌いというわけではない。「ゴッドファーザー PART II」(1974年)や「シンドラーのリスト」(1993年)はいつでも見たいと思う。ただ、3時間の映画は基本、監督の傲慢だと思っているのだ。

映画は長くても2時間半以内に収めるべき、というのが僕の持論。映画館の視点で見ると、2時間と3時間の映画では興行収入が大きく違う。単純に計算すると、6時間の間に2時間の映画は3回上映できるが3時間の映画は2回しか上映できず、入場料金は均一なので、映画は長ければ長いほど売り上げが減る。

娯楽である以上、映画はビジネスとして成り立たねばならない。他人の金で映画を作った監督が、自分の映画について「別に誰にも観てもらわなくていい」と言い放つのは論外だが、3時間の映画について「これ以上削れる部分はない」と宣言するのも問題だ。そんな監督は自分の映画が傑作であると主張しているのに等しい。

だが、毎年何百本もの映画が公開されている中、歴史に残る名作は5年に1本あるくらい。監督が傑作だと思っている映画が実際に傑作である確率はほぼゼロで、傑作でもない映像がすべて欠かせないと主張するような監督は編集能力がないか傲慢かのどちらかだ。

あまり重視されないが、編集はいい映画に欠かせない要素である。紛れもなく不朽の名作である「スターウォーズ」(1977年)がそれを何より示している。

実は映画館で上映された「スターウォーズ」は途中まで出来上がっていた映画と大きく異なる。ジョージ・ルーカス監督は当初、編集をイギリスの有名な映画編集技師ジョン・ジンプソンに任せていたが、ジンプソンの編集が自分のイメージと合っていないと感じると、ルーカスはジンプソンをクビにして、当時妻であったマーシア・ルーカスポール・ハーシュおよびリチャード・チュウに編集させ直させた。

この3人が編集した「スターウォーズ」が公開されたわけだが、この「スターウォーズ」とジンプソンの「スターウォーズ」は3~4割も映像が異なると言われている。ルーカス監督自身、編集が「スターウォーズ」の成功に大きく貢献したことを認めており、マーシアを含む3名はその年のアカデミー編集賞を受賞している。

後編に続く)

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