歴史に残りそうなエア・インディア171便墜落事故(後編)
(前編から続く)
もっとも、複数あるエンジンがすべて同時に停止する可能性は極めて低く、そうなったとしても原因はエンジン不具合でないことが多い。多数の鳥が両エンジンに吸い込まれた2009年のUSエアウェイズ1549便不時着水事故、キログラムとポンドを間違えて燃料が足らなくなった1983年のエア・カナダ143便滑空事故、火山灰がエンジン4基に吸い込まれた1982年のブリティッシュ・エアウェイズ9便エンジン故障事故などが過去にあったが、今回は状況からしてそういった珍しい事象が起こったようには見えなかった。
もちろん、エンジン不具合の可能性も否定できないが、その場合最もあり得るのは、実は1基のエンジンにしか問題がないのにパイロットミスで2基とも停止させてしまう事故である。過去の事例として、1989年のブリティッシュミッドランド航空92便不時着事故、2015年のトランスアジア航空235便墜落事故、2021年のトランスエア810便不時着水事故などが思い浮かび、特に後者2件は離陸直後に起こったミスだったので、エア・インディアの事故でも同じことを疑った。
だが、捜査では早い段階でエンジンに問題がなかったことが確認され、注目は早々とエンジン燃料制御スイッチに移っていった。
エンジンへの燃料の供給をコントロールするためにある「エンジン燃料制御スイッチ」というものについて、僕はこの事故を通して初めて知った。このスイッチは着陸してエンジンを止めた後に「オフ(CUTOFF)」にし、離陸する前にエンジンを駆動させるために「オン(RUN)」にするものであり、当然のことながら、飛行中に「オフ」になってしまうのはとても危険である。1987年にデルタ航空の便でその過ちがあり、(その飛行機はリカバリーできたものの)その後このスイッチは誤作動が起こらないよう設計が変えられた。
よって、ボーイング787のエンジン燃料制御スイッチは引っ張って持ち上げないと切り替えられない上に、完全にマニュアルであることから、オートパイロット等のシステム不具合で切り替わることもない。
つまり、エア・インディア171便の事故の原因は、パイロット自身が両方のエンジンそれぞれの燃料制御スイッチをオフに切り替えたこと以外考えにくいのだ。
その操作は意図的だったのだろうか、それとも混乱によるものだったのだろうか。ボイスレコーダーでは、パイロットの1人が「なぜスイッチをオフにした?」と尋ね、もう1人が「そんなことしていない」と答えている記録が残っているが、音声だけではパイロットが何を考えていたのかまではわからない。
パイロットが妄想状態に陥っていたことも否定できないが、自殺だったとしたら、この事故はインド洋に消えたマレーシア航空370便と並ぶ驚愕的なパイロット自殺事件として歴史に残るだろう。
