二つ目の人生を生きれるなら、僕は米国裁判官になって小さな国の王様になりたい(前編)
人生が楽しくてしょうがない僕は、2つ、3つの人生を同時に生きたいなと常に思っている。そして、2つ目の人生として確実に選ぶのは、米国の裁判官である。
この前、久しぶりに米国で2人の元裁判官と食事をした時、僕は改めてこのことを思った。
食事を一緒にしたのは、僕がロースクール時代にインターンをした時の上司Aと、ロースクール卒業後に裁判所で働いていた時の上司Bである。ある意味、僕のキャリアの土台を築いてくださった方々である。
2人とも裁判官を辞めて久しいが、いまだ弁護士として仕事を続けている。でも2人とも、口を揃えて裁判官時代が生涯で最高の仕事だったと言う。
そりゃそうだろう。僕は身近で見ていたからわかるが、裁判官としての2人はまさに「小さな国の王様」であった。
まずは肩書き。現役中は法廷で「裁判官閣下(your honor)」と呼ばれ、引退後も呼びかけは「様(Mr.)」に戻らず「裁判官(Judge)」のままである。一度裁判官になれば、一生裁判官なのだ。
さらに、自分の法廷内という狭い世界に限れば、米国裁判官は独裁者である。
たとえば、裁判官Bは普段から弁護士に対して、「私は忙しいから、君の訴訟はさっさと和解してほしい。私による審査にこだわるなら、祭日ぐらいしか都合がつかない」と平気で言う人だった。これは決して脅しではなく、実際、ある訴訟が和解に至らなかった際には、祭日に開廷した。どう考えてもこれはルール(法律?)違反だったはずだが、弁護士も証人ももちろん僕も、裁判官に抗議することはなかった。
こんなこともあった。
ある時、法廷で裁判官Bと弁護士がやり取りをしてると、裁判官の言ってることが気に食わなかった被告人が頻繁に不機嫌を顔に出した。すると裁判官は急に形相を変えて、「あなたの依頼人が顔をしかめるのをやめないと、私は彼を監獄にぶち込むぞ!(If you’re client doesn’t stop making faces at me, I’m going to throw him in jail!)」と弁護士に対して怒鳴った。これも単なる脅しではない。
(後編に続く)
