話してない時の僕は、常にカッコつけている(後編)

前編から続く)

このように日常生活の中で常にカッコつけている僕は、娯楽の時も決して気を緩めずにカッコつけを維持している。

カジノは僕の趣味の一つ。そして、カッコいいカジノゲームと言えば、やはりバカラだ。

バカラはトランプを使ったゲームで、簡単に説明すると、2枚か3枚のカードで勝負し、9に近い方が勝つゲームだ(10および絵札は全て0と見做される)。大抵のプレイヤーは、配られたカードをせこく、少しずつ、カードを折りながらめくるのだが、これほど見苦しいものはない。

バカラと言えば、どこかの東大出のバカ御曹司が100億円以上もの会社の金を使い込んで服役する羽目に合ったことがあるほど、身を滅ぼしかねないゲームである。どうせプレイするなら、堂々としてないとゲームの格に合わない。

よって、僕のバカラプレイスタイルは、配られたカードをパッとめくり、さっと見て、ポンと投げる、である。偶然にも、これは人類の歴史の中で最もカッコいい男であるジェームズボンドのプレイスタイルと同じだ。

加えて、僕のカッコつけは現実の世界で止まらない。妄想の世界でも、人質を取るならどのように行うのがカッコいいかなんて考えている。

僕にとっての理想の悪人とは、ダイ・ハードのハンス・グルーバーだ。高級な背広を身に付けリベラル・アーツの教育からくるインテリさをひらかし神父のように振る舞い機転を効かせる賢さを備え躊躇なく人質を射殺する姿に、僕は憧れる。死に姿までカッコよく、僕も悪人として死ぬなら、ハンス・グルーバーのようににやけながら死にたい。

このように僕は常にカッコつけているのだが、果たして周囲が実際に僕のことをカッコいいと見ているかは、まったくもって別の話である。

 

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