このように僕とジェームズの友情は十分不思議だが、サムとの友情はもっと不思議である。何しろ、僕が彼と一緒にいた時間はたった2週間なのだ。
僕はサムと大学時代に知り合った。彼は2歳年下で、違う大学に通っていた。通常なら何の接点もない我々が知り合うことになったのは、とある学生プログラムを通じて中国に行った際、ルームメイトになったからである。
サムは米国南部育ちで、南部の大学に通ってる、純粋な南部の人だった。そんな彼は、僕に南部についていろいろ教えてくれた。10歳の子が銃を手にするような世界について。
このように僕とジェームズの友情は十分不思議だが、サムとの友情はもっと不思議である。何しろ、僕が彼と一緒にいた時間はたった2週間なのだ。
僕はサムと大学時代に知り合った。彼は2歳年下で、違う大学に通っていた。通常なら何の接点もない我々が知り合うことになったのは、とある学生プログラムを通じて中国に行った際、ルームメイトになったからである。
サムは米国南部育ちで、南部の大学に通ってる、純粋な南部の人だった。そんな彼は、僕に南部についていろいろ教えてくれた。10歳の子が銃を手にするような世界について。
僕はたまに、「不思議な友情」について考えることがある。
僕の最も親しい友人の1人であるジェームズは、米国ニュージャージー州に住んでた高校時代の同級生である。米国に戻れば必ず会うし、定期的にリモートで話す仲だ。
だが、高校でのジェームズと僕は、親友どころか友達でさえもなかった。頭が良くてスポーツが万能な彼とピエロ役だった僕とではつるんでたメンツが違いすぎたし、そもそも彼と僕は天敵だったとも言える。ジェームズは、卒業式のスピーカーを決める先生と同級生による投票で、僕を破った憎きライバルだったのだ。