米国銃社会の恐ろしさ、銃購入免許を取得して学ぶ

米国に住んでいた時、僕はピストルを持っていた。

このブログは、銃を買って、打って、保持することにより学んだ、米国銃社会の恐ろしさをテーマとした話である。

僕が居住していたのは比較的安全だったニューヨーク市郊外だったので、銃購入には自己防衛という実用的な理由はなく、「持てるから」という軽い動機しかなかった。

米国とは、そういった思いつきのような気持ちで拳が買える、恐ろしい国なのである。

もっとも、さすがの米国でも銃の購入には免許が必要である。

銃規制は州の管轄だが、どの州でも免許制はあまり変わらない。まず、銃の購入のために免許が必要で、銃を携帯するためにはさらなる免許が必要だ。なお、前者の「購入」という言葉が恐ろしい抜け穴で、例えば家族から銃を遺贈された場合は免許は必要ない。

州によって異なるのは、免許を取得するのにどれほどハードルが高いか、という点にある。例えば、銃の文化が強い南部だと銃を携帯する免許は容易に手に入れることができるが、ニュージャージー州ではほぼ不可能である。余談だが、南部では、「他人に見えないように携帯する免許」と「他人に見えるように携帯する免許」のどちらの取得条件を厳しくするかが議論されたりする。恐ろしいことに、「他人に見えた方が安全」という考え方から後者の方が規制が緩い州もある。

僕が住んでいたニュージャージー州は銃規制が比較的厳しい州とされていた。したがって、当然のことながら「銃を買おう」と思いついた時から実際に銃を購入できるまでは相当の時間と労力を要するだろうと思っていた。

ところが、現実は恐ろしく拍子抜けするほど早く簡単であった。調べてみると、銃購入免許を取得するための手続きは簡潔な申請書に記入して地元の警察署に提出すれば良いだけなのだ。

この申請書、一枚という薄さはさておき、質問事項が笑っていいものなのか恐ろしく思うべきなのか、微妙な内容であった。

  • あなたはアル中ですか
  • あなたは精神病にかかっていますか
  • あなたは麻薬中毒者ですか
  • あなたは米国政府を転覆することを目的とする組織に属したことはありますか

これらに「はい」と答えて申請する人がいたら是非お目にかかりたいものだ。

ちなみに、申請書提出に伴い申請料金を支払う必要があるが、これが恐ろしいほど安い5ドル(約560円)であった。なお、どういうわけか、ピストルを購入する際には一丁ごとに2ドルずつ追加料金を取られた。

銃購入免許申請書提出後、待つこと一週間。犯罪歴と精神保健記録の調査を経て異常がなかったので、警察署から銃購入免許が準備できたとの連絡をもらった。受け取りに行くと、ニコニコした警察官から「どんな銃を買うの?」と愛想よく話しかけられ、恐ろしいほど緊張感がない中もらった免許はこれ。

注目してもらいたいのが僕の名前である。通常、米国での「Joe」は正式名称「Joseph」の略であるが、僕の場合、「Joe」(穣)が法的に正式な名前なので、地元の警察が発行したこの免許に記載されている名前は誤りである。銃規制が厳しいと言われているニュージャージー州でさえこうなのだから、米国銃規制の執行は恐ろしく杜撰である。

さて、ここまで読んで気付いた読者もいるかもしれないが、銃購入免許を取得する条件として、銃の扱い方に関する研修や射撃の実施試験が含まれていない。恐ろしいことに、米国では、実務試験および実施試験に合格する必要がある自動車運転免許証より銃購入免許証を取得する方がずっと簡単なのだ。

いくら軽い気持ちで銃を購入することにした僕でも最低限の良識はある。さすがにこの状態では銃は買えないと思い、銃購入免許取得後、民間団体である全米ライフル協会(National Rifle Association)が実施する拳銃に関するトレーニングを受けることにした。

このトレーニングでも恐ろしいことを様々と経験したのだが、それについては次回のお楽しみ。

Series Navigation米国銃社会の恐ろしさ、研修を受けて学ぶ >>
 

コメントを残す

Translate »