タグ: フィクション
一緒に佐久沼の席に向かいながら、まさゆが軽い口調で話しかけてくる。根っこは陽気な若者なのである。
「左飛道先輩って、佐久沼先輩と一緒に仕事するようになって長いらしいですね」
「そうよ。入社してすぐあの人の下の配属になってから3年が経つ」と、忌々しい口調でレヌは答える。
「でも、佐久沼先輩って弁護士なんですよね。留学してる、って噂もあるし」
まさゆが大分誤解しているようなので、レヌは足を止めて言い聞かせる。
「これはいい社会勉強になるから教えてあげるわ。弁護士にもピンからキリまであって、あの人はキリにも入らないの。弁護士界に裏口入学してるんだから」
「えー、そんなこと可能なんですか」と、純粋なまさゆは信じられないようだ。
「時々、あの人、『あいつには弁護士の資格がない』とか、『こいつには地球にいる資格がない』とか偉そうに評論し始めるけど、最も資格がないのはあの人なの」
この物語はフィクションであり、主人公である佐久沼條治の名称および性格と立ち振る舞いが著作者のものと瓜二つであることは、すべて偶然です。
(まずは第一弾である「佐久沼條治という、ある迷惑男の話」からお楽しみください)
「あの、今ちょっとよろしいでしょうか」
下を向いて契約をレビューしていた左飛道(さひみち)レヌは、声をかけたのが誰なのかすぐに分かった。顔を上げると、案の定、井馬(いま)まさゆが不甲斐ない顔をして立っている。
3年前の自分も終日似たような表情をしていたことを思い出し、自分もずいぶんたくましくなったものだと、自分を褒めたくなった。
「どうしたの」
そんな表情をしなければならない根源など一つしかないのだが、とりあえず聞いてみる。
「この前の出張の経費を清算しようと思って、佐久沼先輩にこれを渡そうとしたんですけど。。。」
最後には聞こえないほど声が小さくなってしまったので、レヌはまさゆの手元に目をやる。そこにあった領収書をみて、瞬間的に何が起こったのか理解した。
「そのしゃぶしゃぶ食べ放題い温野菜の領収書を、あの人に渡そうとしたのね」
この物語はフィクションであり、主人公である佐久沼條治の名称および性格と立ち振る舞いが作家のものと瓜二つであることは、すべて偶然です。
「絶対、大丈夫」
こう断言した佐久沼條治(さくぬまじょうじ)を、左飛道(さひみち)レヌはあからさまにうんざりした目で見つめた。
「本当ですか」
無駄とは分かっているものの、レヌは一応確認する。
「僕が言うんだから間違いない」
また、だ。この根拠のない自信は何処から来るのだろう、とレヌはいつも思う。
「どうしてそう思うんですか」
レヌは食い下がってみたものの、帰ってきた答えは「僕のカン」だった。
思ったとおりの、何のあてにもならない答え。いまさら期待はしていなかったものの、この日常のやり取りにはさすがに嫌気がさしてきた。
新卒として入社し法務部の佐久沼の下に配属されてまだ半ヶ月しか経っていなかったが、レヌは既にもう、この、自称マンボウのモノマネを特技としている上司に物事を任せておくとヤバイことになりかねないことを学んでいた。