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Airbus A380にあふれるハワイ写真集(後編)

さて、念願の「カッコいい階段写真」は撮れたものの、機内全般の写真は撮れなかった。何しろ、離陸前は人が乗り入れしているので、写真を撮るといった行為は邪魔以外の何ものでもないのだ。

そこで僕は乗務員にちょっとした無理を言った。機内を回って写真を撮りたい、と。

飛行機は美術館ではない。飛行中の飛行機は、食事が提供されていたり気流で揺れたりし、客にウロウロされるのは実は離陸前より迷惑である。

何より食を愛した祖父の笑い話

父方の祖父が亡くなってもう久しいのだが、わが一家では未だに笹沼宗一郎ゆかりの話で盛り上がる。とにかく面白い、母曰く、愛嬌のある人だったようだ。

祖父は陸軍だったのだが、平気で敵国アメリカのピストルを身につけて歩き回っていた。この銃は戦後も米軍に手渡さず、彼の死後、祖母が蔵を整理していたら出てきたそうだ。実物だと知っていた祖母は交番に届け出たのだが、警官は日常銃を扱い慣れていないのかおもちゃだと思い、詳しくその場で状況を聞かなかった。後に本物だと分かり慌てた電話がかかってきたという話を聞いた事がある。

彼は自宅に暗室を構えていたほどの写真家だった。カメラと言えばドイツ製。戦争中、ドイツからカメラを潜水艦に乗せて密輸入した、なんて言う事を聞いた覚えがあった。なんか祖父ならあり得そうな話だったのだが、父曰く「あれは職権乱用」だそうだ。

祖父は陸軍省の監督官で、専門は写真の感光材料。「日本の全メーカーの上に立って威張っていた」らしい。ドイツでライカの新製品が出て、どうせ上官に「こんどドイツで発売されたライカは画期的で日本の写真産業の発展になくてはならないものなので、どんな手段をとっても入手すべき」らしきの、うそ八百の上申書を書いたのだろう、というのが父の憶測。祖父は東京大空襲のときそのライカを持って逃げ、軍服・サーベルを焼失。上官の大佐に「カメラを助けて、天皇閣下からお預かりしているものを置いて逃げるとはないごとか」と当然の事ながら怒鳴られたそう。
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