迷惑男佐久沼條治、ふたたび!(前編)

この物語はフィクションであり、主人公である佐久沼條治の名称および性格と立ち振る舞いが著作者のものと瓜二つであることは、すべて偶然です。

(まずは第一弾である「佐久沼條治という、ある迷惑男の話」からお楽しみください)

「あの、今ちょっとよろしいでしょうか」

下を向いて契約をレビューしていた左飛道(さひみち)レヌは、声をかけたのが誰なのかすぐに分かった。顔を上げると、案の定、井馬(いま)まさゆが不甲斐ない顔をして立っている。

3年前の自分も終日似たような表情をしていたことを思い出し、自分もずいぶんたくましくなったものだと、自分を褒めたくなった。

「どうしたの」

そんな表情をしなければならない根源など一つしかないのだが、とりあえず聞いてみる。

「この前の出張の経費を清算しようと思って、佐久沼先輩にこれを渡そうとしたんですけど。。。」

最後には聞こえないほど声が小さくなってしまったので、レヌはまさゆの手元に目をやる。そこにあった領収書をみて、瞬間的に何が起こったのか理解した。

「そのしゃぶしゃぶ食べ放題い温野菜の領収書を、あの人に渡そうとしたのね」

「はい」と弱々しくまさゆは答える。

「で、その内容を見て、まずは肉の皿を何枚食べたのか、問い詰められたんでしょう」

「はい」

「で、何枚って答えたの」

「3枚です」と、まさゆは恐縮しながら回答する。

「正直に答えたんだ」

まさかそれが地雷を踏むことになるとは考えてもいなかったに違いない。

「で、それを聞いて、『だらしない』って怒鳴られたんでしょう」とレヌは当ててみる。

「はい、怖かったです」と、まさゆはますます萎縮する。

「あの人の場合、そんなの落ち着いてるほうよ。で、そこから、自分は温野菜で、10枚か20枚か知らないけど、バカに多いノルマを必ず達成してる、みたいな意味不明な自慢をされたんでしょう」

「そうなんです」とまさゆは泣きべそをかきながら回答する。「その後、自分は高校時代から食欲が衰えてないから、エンゲル係数が高くて困ってるって話を3時間23分も聞かされて、いつの間にか、僕が佐久沼先輩を高級寿司屋で13回も奢ることになっちゃったんです」

長時間席を外してるのでまさかとは思ったが、恐れていた通りのことが起こっていたようだ。

とうとう泣き始めてしまったこの入社3週間の新人に同情しながらも、優しく接しては本人の今後のためにならないと思い、少々叱ることにした。

「どうせそんなことだろうと思った。あの人に話をしに行く前に、必ず私に相談するように、ってあれだけ注意したでしょう」

「でも、社内ルールでは清算は佐久沼先輩を通すようになってるし、単なる清算の話からまさかこんなことになるとは。。。」

もごもごしながら語る言い訳は、妥当な言い分である。しかし、佐久沼條治には社会的な常識が一切通用しないことを、まさゆもいい加減学ぶ必要がある。

「あのね、この前も言ったけど、あの人は基本的に爆弾のようなもので、わけのわからない話で5時間拘束される爆弾がどこに仕掛けられてるかなんて、あなたに分かるはずがないの。私だって時々地雷を踏んじゃうんだから」

「すみません」と弱々しく頭を下げるまさゆは、やっと培い始めた社会人としての自信が吹っ飛んでしまいそうな気配である。

こんなことで会社を辞められてはレヌも困ってしまうので、後始末をしてあげることにした。

「しょうがないわね」とレヌは口調を和らげる。「で、経費は承認してもらえたの」

「いえ、それが実は、その話に結局ならなくて。。。」

佐久沼との会話がどんな展開になったのか、レヌには十分想像がついた。

「まあ、そうでしょうね。で、他になんか清算しなきゃいけないものはあるの」

「はい、航空券もあって」

それを聞いて、さすがのレヌも危機感を持った。

「それは危なかったわね」

「え、そうなんですか」と、まさゆはびっくり。

「そうよ、温野菜についての3時間の講演なんてもんじゃないわよ。で、航空会社は?」

「JALですが」

それはOKね。で、その便は羽田発、それとも成田発?」

「国内線だったので羽田発ですが」

「それは絶対にあの人に言っちゃダメよ。今度は、せっかくの出張なのに何でフライトシミュレーターで遊ばなかったのかって、怒られるから」とレヌは忠告するが、まさゆは話についていけてず、キョトンとしている。

「で、機材は分かる?」

「わかりませんけど、それって清算に必要なんですか」と、まさゆは戸惑う。

ごもっともな指摘だが、佐久沼の意味ない拘りをいちいち説明していたら、日が暮れてしまう。

「そういう問題じゃないの。で、席はどこらへんだったの。前の方、後ろの方?」

「特に覚えてないんですけど」

「そう、しょうがないわね。次回から、ちゃんと出口に近い席だったから万一なんかあってもちゃんと飛行機から脱出できましたって、説明できるようにしといたほうがいいわ」とアドバイスしておく。

「はあ」と、まさゆはますます混乱した表情で相槌を打つ。

「で、清算しなきゃいけないものは他にないの」

「残りはこれらなのですが」

そう言って出された4枚のレシートを確認すると、危ないものがもう一件あった。どうやら、まさゆは、出先で急に雨が降り始めたのでコンビニに寄って傘を買ったようだ。

「これも地雷よ」とひらひらレシートを振りながらまさゆにアピールするが、彼はピンときてない。

それもそうだろう。まさか、一枚のレシートから、傘がどれだけ世の中に不要なものなのかに関して4時間32分も講義されるとは、夢にも思うまい。

「じゃあ、あの人のところに一緒に行ってあげる」とレヌが腰をあげると、やっとまさゆの顔に笑顔が戻った。

後編に続く)

 
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