僕は未だに現実に近すぎる留年の悪夢にうなされる(前編)

僕は1〜2ヶ月に一度の頻度で同じテーマの夢を見る。

夢の中の僕は、希望と遊び心に溢れる大学4年生。2学期も終わりに近づいたある日、卒業式が翌月に迫っている事実に直視せざるを得なくなる。

「早期卒業」はあっても「留年」はあり得ない米国の大学に通っている以上、卒業は必須である。そこで、今学期受けている授業を顧ると、5つある。

そのうちの3つは政治学の授業なので、真面目に授業に出席し、中間試験も受け、必要なレポートも提出してきたので、何の心配もない。

問題は残りの2つだ。これらは化学やら古典文学やら、「つまんなーい」、「よくわかんなーい」といった理由で優先順位を落としていたら、いつの間にか都合よく存在すら忘れてしまった授業である。

現実逃避を2ヶ月間も続けていると、つけが回ってくる頃は後の祭りだ。先月サボった中間試験は受け直させてもらえないだろうし、レポートの提出期限を延長してもらっても1ヶ月かかるリサーチを2週間で行うことなんて到底不可能だ。そもそも授業の内容がちんぷんかんぷんだったからこそ見切ったのであり、たとえ試験やレポートについて猶予をもらえたとしても、単位が取れる成績が収められるはずもない。

もっとまずいことに、この3年半、必要最低限の単位しか取得してこなかったがために、卒業間近になっては、GPA(Grade Point Average、いわゆる成績評価値)を維持するためにこの二つの授業を履修取消扱いにするという裏技が活用できない。不可(F)でも履修取消(W)でも単位が取れず、まさに進むも地獄退くも地獄である。

こうして留年が確定し絶望感に圧迫されたところで、パッと目が覚める。

こんな冷や汗をかくような夢を頻繁に見るのも、実際にあったロースクール時代の現実に近すぎるからだろう。

後編に続く)

 
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