人生、ノリと勢いだ
今年の4月、僕は3時間で転職することを決めた。
そもそも僕は転職する気が余りなかった。1年前まで一緒に仕事をしていた元同僚に、「うちの面接を受けるぐらいはしていいじゃないか」と乗せられ、その後内定を貰えたもののそれなりに満足していた現職を離れることが想像できず、最終的には話を断るつもりであった。しかし、僕のツボを知り尽くしているこの元同僚は会社と職場と仕事の内容を魅力的に説明することに実に長けていて、意志の弱い僕はたった一度の夕食で説得されてしまった。
転職を決断してから早くも4ヶ月。その間、7年半勤めた事務所を辞め、5年弱住んでいたアパートを引き払い、仕事も私生活も大きく変わった。
てんやわんやだったこの期間を振り返ってつくづく思う。「こんな大変で面倒なことは当分したくないな。でも、やってよかったな」と。
そんな複雑な心境だからこそ言える。「人生、ノリと勢いだ」。
実はこれ、あるコンサルタントの人から最初に学んだ教訓だ。
この人の仕事は、上場(いわゆるIPO)を目指している企業をアドバイスすることだった。IPOの世界について詳しくない人には想像がつかないかもしれないが、上場には莫大な時間(少なくとも一年は覚悟)と金銭(数十億円の出費)と労力(経理部、経営企画部、法務部を始めとするありとあらゆる部署が巻き込まれる)がかかるので、会社にとっては確実に創業以来の一大事になる。
そのような大規模なプロジェクトを多数支援してきたこのコンサルの人は、上場を成し遂げられる経営者と成し遂げられない経営者を概ね見極められるようになったと話してくれた。何が決め手なのかと聞いたら、意気込みだそうだ。「何が何でもとにかくやるんだ」という経営者は会社を上場できるが、「今は業績がイマイチだから」とか「株式市場が上昇し始めたら」などもっともそうな事を言ってる経営者は実はやらない口実を探しているだけなのでダメなのだと。
転職してみて、この人の話は人生にも当てはまることに気付いた。
人間にはどうしても現状を好む傾向がある。たとえ辛くても現状が未知への恐怖に勝つ場合がほとんどだ。僕が正にそうで、徹夜や週末出勤なんてたまったもんじゃないと常に思いながらも、さて転職について考慮すると、「新しい職場に馴染めるだろうか」とか「今まで知識と経験を培ってきたのに、またゼロからの始まりになるのか」という、不確定要素ばかりに集中してしまう気持ちの方が強かった。
そんな気持ちを克服できるのは、結局は「勢いに任せた決断力」なのだと思う。
でもこれは決断さえできればすべてが思い通りにいくということではない。
僕に関して言えば、最終的に転職に踏み切れた最大の理由が元同僚とまた仕事ができる点だったが、その元同僚、僕が入社した前日に退職願を出していた。「素晴らしい会社だ、絶対に来るべきだ」と人を誘っておきながら自ら去るとは、「転職詐欺」と言わずなんと言えよう。
そんなことがあっても転職してよかったなと思えるのは、未知の世界には想定外の苦労だけでなく新たな挑戦に対するやりがいや面白さが伴うから。
そしてそんな未知の世界に踏み込むために必要なのは、常にノリと勢いだ。