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「なぜ投票に行くのか」を考えて、民主主義を理解してもらいたい(後編)

国民が主体となる民主主義の好例エピソードがある。

大阪都構想が2回目の住民投票にかけられた時、維新の橋下徹市長と松井一郎知事は支持を広げるために頻繁にタウンホールを開催していた。当時、投票年齢が18歳まで引き下げられた直後だったこともあり、タウンホールの1つで、ある高校生が橋下市長に「もっと高校生に向けて都構想に関する情報を発信してください」という要望を伝えたことがあった。

この話には素晴らしいことが3つある。

「なぜ投票に行くのか」を考えて、民主主義を理解してもらいたい(前編)

「なぜ投票に行くのか」

この質問に対して説得力ある回答を持っている人こそ、民主主義の本質を理解していると思う。

「国民の義務だから」という回答をよく聞くが、これは納得いかない回答である。投票するのが義務とされているのは、北朝鮮であって日本ではない。投票は権利だからこそ、棄権することもできる。「義務」と「権利」を混同してては民主主義を十分理解しているとは言い難い。

高校の人気投票で健闘した僕は、卒業式でスピーチをする羽目になった(後編)

先生の1票の方が圧倒的に同級生の1票より重い。肝心の先生票ではどうみても出木杉くんの方が優勢で、僕はホームルーム票を総取りするくらいでないと勝ち目がなかった。その点、人望がある首席くんが立候補しなかったのは痛かった。彼がいればエリート票が割れ、庶民の票を固めた僕が出木杉くんをホームルームで上回る可能性が高まったのに。

投票率なんかより肝心なことがある(後編)

日本と米国で根本的に違うのは、投票率ではなく、日常における政治への身近さだ。

米国では、中学時代に国会議員に手紙を書いて返事をもらい、高校時代に国会議員の地元事務所でインターンをし、大学時代に徹夜で政治を議論し、大学院時代に選挙ボランティアを経験した、という人がざらといる。

果たして、これを一つでも経験したことがある日本人がどれほどいるか。

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