そばが好きすぎて生活が破綻したあるそば好きの悲劇(前編)
遠い昔、はるかかなたのどこかに、「島流しになったら持ち込みたい食べ物は何?」と聞かれると、「そば」と即答できるほどのそば好きがいました。
このそば好きは、赤の他人の選挙を手伝うために全国を回っては、そば屋に入ってもりそばばかり食べていました。そば好きにはそばに対する相当なこだわりがあったので、そば好きが「このそばはうまい」と思うことは滅多にありませんでした。ましてや、「このそばをまた食べたい」と思うことは稀でした。
そんなそば好きが、ある時職場を変えました。その職場の新しい同僚は、そば好きがそばが好きなことを知ると、そば好きを自転車で3分離れたそば屋に連れてってくれました。
それは実に変な店でした。大勢が長い列に並んで待っているのに、看板がなく、入り口に「Minatoya」と書かれたちっぽけな標記があるだけでした。そば好きが店の中を覗くと、立ち食いそばでした。なぜか、クラシック音楽が流れてました。
注文カウンターでは、ちっぽけな字で書かれた品書きから選ぶ必要がありました。誰しもが「肉そば」の普通盛りを頼んでいるのに、空気が読めないそば好きは、もりそばの大盛りを頼みました。料金は700円でした。
店の奥には、ニコニコ笑いながらそばを茹でている人がいました。そば好きがこの人から受け取ったお盆には、すごい量のそばが載っていました。でも、食いしん坊のそば好きには、それを完食できる自信がありました。
そば好きはこのそばを一口食べて、コシのある麺の固さに驚きました。そして、めんつゆのしょっぱさにもっと驚きました。
そば好きは、このそばは苦手な味だと思いました。そして、この店にはもう来ないだろうと思いました。
こうしてそば好きは、Minatoyaのことをすっかり忘れてしまいました。
数ヶ月後、違う同僚がそばを食べに行こうと言い出しました。徒歩距離だというので、そば好きは一緒に行くことにしました。
そば屋は徒歩13分のところにありました。方向音痴のそば好きは、店に入るまでそれが以前苦手だと思ったそば屋だということに気付きませんでした。
そば好きは学びが少ないので、この時ももりそばの大盛りを頼みました。そしてそのそばを一口食べて、そば好きはやっとコシのある麺としょっぱいつゆのコンビネーションが抜群な味を生んでいるんだということを悟りました。
それ以降、そば好きはMinatoyaの虜になってしまいました。3日間食べないと我慢できなくなり、週2〜3回通うようになりました。いつもニコニコそばを茹でている人が、いつしかそばをちょっと多めにくれるようになりました。
(後編に続く)