数学的な確実性を持って40億円も宝くじで儲けたあるアメリカ人夫婦の話(後編)

前編から続く)

あいにく、ジェリーがWinFall宝くじのカラクリに気づいた数年後、ミシガン州はこの宝くじを廃止してしまう。理由は、皮肉にも人気がないことだった。

だが、セルビー夫婦はまったく同じルールの宝くじがマサチューセッツ州にもあることを知る。そこで2人は、Rolldown宝くじが発表される度に1500キロ離れたマサチューセッツ州までわざわざ車で行き、州境にある2つのコンビニで60万ドル分(8900万円)の宝くじを購入した後、近くの安ホテルで各くじの当たり外れを確認するという旅を年7回行うようになる。

実は、この最後の確認が大変だったらしい。

WinFall宝くじは1枚2ドル(300円)。60万ドル分の宝くじは30万枚あるので、当落の確認は1日10時間作業しても10日間かかった。

ここまでくるともはや過酷な仕事であるが、儲かりながら博打のスリルを体験できるのは相当楽しかったようだ。

6年間これを続けていると、マサチューセッツ州の地元新聞が、WinFallの販売額が数カ所のコンビニで突出して高いことを嗅ぎ付けて取材を始めた。

すると、ジェリーとマージの他にも、マサチューセッツ工科大学(Massachusetts Institute of Technology、通称”MIT”)の学生団、つまり数学専門の学生も同じことに気づき、7年間に1800万ドル分(27億円)の宝くじを購入し350万ドル(5億円)も儲けていたことが判明する。利益率はセルビー夫婦とほぼ同じ。まさに数学的な根拠を持っての賭博だ。

余談だが、このことを報道したのはボストン・グローブ紙の調査報道班「スポットライト」である。このチームは、カトリック教会所属の神父が起こした数々の性的虐待を暴き、その活動がアカデミー賞受賞の映画「スポットライト 世紀のスクープ」になったことで名前が世界的に知られるようになった。

WinFall宝くじに関するスポットライトの記事が報道されると、当然詐欺か不正が疑われたが、この話のすごいところは、当局の徹底的な捜査の結果、誰も忌まわしいことをしてなく、誰もが得をしていたことが確認されたことである。

まず、セルビー夫婦とMITの学生たちが法律的に咎められることはなかった。

また、彼らによる大量購入が他の購入者の当選確率を変えることはなかったため、宝くじの仕組みにも欠陥は無かった。Rolldownが起こると全ての購入者の儲けが増えていたのだった。

そしてマサチューセッツ州としては、大量な購入があったことでWinFall宝くじから1億2000万ドル(180億円)もの収益を上げられていた。

セルビー夫婦が9年間で儲けた2600万ドルは会社の利益で、彼らの取り分は800万ドル(12億円)。ジェリーに言わせると、こんな簡単に儲かることについてMITの学生団以外気づかなかったことが不思議だったそうだ。

運ではなく数学的な確実性で宝くじで儲けられるという話がアメリカオーストラリアのニュース番組で取り上げられ、映画になるのは時間の問題だっただろう。

僕はといえば、大学時代に数学の専攻だったが、WinFall宝くじが身近にあっても絶対に気付かなかっただろうと思う。

だから僕は運頼りだが、それでも宝くじの購入はやめない。

買わないと当たらないから。

 
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