海外出張は、いいシミュレーターがある成田から
僕は世にも稀な成田空港派だ。海外出張の際、羽田空港発と成田空港発の便の選択肢があれば、迷いなく成田発を選ぶ。
理由は、フライトシミュレーターである。
僕がフライトシミュレーターにはまるようになったきっかけは、以前に書いたことがある航空事故検証ドキュメンタリーだ。この番組から学んだ様々なパイロットミスに関する知識を周囲にひけらかしていたら、友人の一人が数年前、本物のボーイング737のコックピットで元パイロットの指導の下フライトシミュレーターを体験できるという誕生日プレゼントをくれた。
羽田空港から3駅離れた穴守稲荷駅にある「Luxury Flight」。30分で10,800円というお値段からお察しがつくとおり、これは大変高級なフライトシミュレーターである。
この時が初めてのシミュレーター体験だった僕は、店に入る前からビクビク。店員兼 パイロットに案内された737のコックピットは、前には計器が多数、上にはスイッチがびっしり、横にはレバーが何本もと、とにかくいろいろがごちゃごちゃしていた。不謹慎なことであるのは承知であるが、これを見て得た第一の感想は、「こりゃ遅かれ早かれ間違えて落ちるよ」であった。
さて、席の座り方から教えてもらわなければならないほどの素人の僕はパイロット席に案内され、隣の副パイロット席にはプロパイロットが座った。彼の指導の下、本当のパイロットのように離陸から飛行、そして着陸まで操縦させてもらえるのが「Luxury Flight」の醍醐味である。
もっとも、初めての僕にとってこの貴重な体験はまさに豚に真珠で、隣からチェックシートが云々かんぬんだの計器がどうこうだのの説明を受けてもさっぱり理解できず、また理解する心の余裕もなく、飛行機を地面に並行に飛ばすよう操縦するのが精いっぱいの状態では、副パイロットにスイッチやレバーの操作を丸投げせざるを得なかった。結局、なんとも情けないパイロットを演じた後、かっこつけた写真を撮ってもらい30分はあっけなく終わってしまった。
この体験から学んだことは、僕には30分で1万円のシミュレーターはもったいなく、まずは200円から遊べる空港のシミュレーターで下積みする必要があるということだった。
ということで、次の羽田空港発の海外出張の際、明朝の便であったにもかかわらず出発3時間前に空港入りを果たし、チェックインをさっさと済ませたのちシミュレーターがある5階に向かったのだが、そこで衝撃を受ける。なんと、運営時間が朝9時から夕方22時までなのだ。羽田発の国際線は明朝や深夜の便が多く、これでは使える機会がほぼない。
さらに、一度だけ運営時間内に行けたことがあった時も、結局は練習できなかったのである。それは、子連れのお父さんが座り込んで30分待っても譲ってくれなかったからだ。一応小学生の息子も操縦していたが、あれはどう見てもお父さんの趣味である。
そこで羽田空港には見切りをつけ、次の海外出張は成田空港発にした。その時はシミュレーターが何処にあるのかまだ知らなかったので、インフォメーションセンターの人に「フライトシミュレーターはどこにありますか」と聞いてみたら、きょとんとした表情しか戻ってこなかった。「分からない=聞かれない=人気ない=期待できる」と解釈し、案内された第1ターミナルの南と北ウィングの間の5階に行ってみたら、案の定誰も利用していなかった。
毎回こんな感じである。
こうして僕は、海外出張の度に、いつ行っても利用者がいない成田空港のフライトシミュレーターで、だれにも邪魔されず、じっくりと、1時間近く、何度も機体を破損させ、バーチャル乗客を激怒させ、「Bad Landing」のメッセージにもめげずに、「コンティニュー」毎に100円を投入し、Luxury Flightに戻っても恥をかかないで済むことを目標に、研修に励んでいるのだ。